エッセイ「演劇と私的」(カゲヤマ気象台)
0. はじめに(ごあいさつ)
これは、カゲヤマ気象台が《円盤に乗る派》の新作公演『「いまのところまだ存在しているわたしのたましいが……」』に向けて執筆するエッセイです。演劇論的なことにも触れる予定ですが、基本的には私という個人の、私的な事柄を基準にして書いていきたいと思います。
というのも、自分の演劇ユニット(という言い方はあまりしっくりきていないのですが、まあそう言わざるを得ないなという感じです)を初めて立ち上げてからそろそろ20年が見えてきています。その間にもいろいろなことがありましたが、ここ数年、特にコロナ禍を経てからは、社会状況や周囲の環境、世間からの評価の変化に大きく翻弄されてきたなという実感があります。団体の代表として公演のかじ取りをしているにも関わらず、どこか振り回されているというか、何かにやらされているというか、とにかく、自分と公演とのあいだに乖離があるような感覚が強まっていました。
今回は団体としてはかなり久しぶりの公演なのですが、改めてここで、演劇というものと自分という存在をもう一度結び直したいという欲求を自分の中に感じました。演劇は本来自分の存在と切り離せないものだった。商業的な「商品」として流通に乗せるものではなく、あなたや私といったどうしようもない「個人」が交わる場所で、それこそが演劇の意味であるはずだった。もちろんこのことは忘れたことはないのですが、気を抜くとどんどん演劇は自分という存在から乖離していってしまう。
これはそんな状況で、なんとか自分と演劇の関係性を見つけていくために執筆するエッセイです。もちろんあなたはあなたの方法で演劇と結びついて欲しいのですが、それを見つけるための一助にもなれば幸いです。
1. 人や物から分離して変形していくイメージについて
とは言ったものの、まずはかなりがっちりとした演劇論から始めたい。演劇と私というものの関連について語るには、まずここを掘り下げる必要がある。
今回の演出の大きなコンセプトのひとつに、「イメージの原形質性(可塑性)」というものがある。これは土居伸彰『個人的なハーモニー ノルシュテインと現代アニメーション論』の中で、セルゲイ・エイゼンシュテインのディズニー評を踏まえて論じられている事柄に基づいた発想で、確かにそれはアニメーション表現における概念であるのだが、私は最初にこの本を読んだとき、まさに演劇についての話がされていると思ったのだ。
アニメーションの世界とは、作り手のきまぐれな命令に従って稼働する世界であり、山は動き、太陽は止まる。この世界には、「全能性」がある。(…)作り手の想像力に従って、いかようにも姿を変えることができる。このような「全能性」を可能にするドローイング・アニメーションの性質こそ、エイゼンシュテインが原形質性と名づけるものである。
だが、エイゼンシュテインのこの原形質性の概念を考える際に気をつけなければならないのは、エイゼンシュテインは決して、ビジュアル(物質性)の次元における具体的なメタモルフォーゼについて語っているのではないということだ。(…)アニメーションを観る私たちの意識(つまり抽象性のレベル)において(…)起きている変容である。
出典:『個人的なハーモニー ノルシュテインと現代アニメーション論』(土居伸彰、2016年、フィルムアート社)
エイゼンシュテインはディズニーの『人魚の踊り』について、見た目はタコでありつつ象のメタファーを纏う存在について「神々しい全能性!」と言祝ぎつつ、その「一度定められれば永久に固定される形状という拘束の拒絶。硬直化からの解放。ダイナミックにいかなる形状をも取りうるという能力」を指して「原形質性」と呼ぶ。一見それはいかにもアニメーション的な、線による形状の変化というメタモルフォーゼについて語っているようにも思えるが、土居はそうではなく、あくまでも「私たちの意識(つまり抽象性のレベル)」において起きている変容なのだと指摘する。タコは象になるが、あくまで抽象性のレベルにおける象なのであり、物質性のレベルにおいてはタコのままである。
もしこれが描かれた線のメタモルフォーゼについて語っているのであれば、演劇がそこに介入できる余地はない。俳優の身体も舞台美術や小道具も、簡単にはその姿を変容させることはできないからだ。しかし抽象性のレベルにおける変化ということであれば、これはまさに演劇の話である。演劇はまさに物質性のレベルにたいして、抽象的な意味合いを付与する芸術であるからだ。
重要なのは、その付与された抽象的なイメージは決して固定されず、変容していくということだ。我々は普段演劇を観るとき、ある俳優に与えられた抽象的なイメージ(それは往々にして「役」と呼ばれる)は固定され、特別なことがない限り変容することはないと思いがちだ。しかしある時点で与えられた抽象的なイメージは、本来的には固定されていない。次の瞬間にはまったく違ったものであり得る。
だからこのように捉えてみる。ある台詞がある。それは身振りを伴うだろう。したがって俳優が身振りと共に台詞を発したとき、彼・彼女はあるひとつの抽象的なイメージを纏うことになる。次の瞬間、今度は別の台詞を、別の身振りで発する。それはまた別の抽象的なイメージを招く。俳優はそのようにして、次々と纏うイメージを変容させていく。複数の俳優が舞台上で行うその行為の軌跡が交錯していく網目を読んでいくと、観客の中にドラマが立ち上がっていく……。これが『「いまのところまだ存在しているわたしのたましいが……」』における大きな全体のコンセプトだ。
物質的なものと抽象的なもののこの二重性について、私は昔から惹かれてきた。それらが二重に見えているとき、私は世界が正しく見えていると感じ、安心する。逆に言えば、物質的すぎるものは恐ろしい。自分には理解することができず、脅かされるような気持ちがする。かといって抽象的すぎるものは、理解こそできるものの、あまり味気がなくてつまらない。だから私はなるべく物事を二重に見ようと努力してきたように思う。机の上の物は雑然と置かれているよりも、「意味があるように」配置されていたほうがいい。道を歩くときも、何か抽象的なイメージが豊かになりそうなところ、要するに、より風景が立ち上がってくる角度、歩くことの意味が単なる「移動すること」以上のものになるような場所を探す。そうした行為に対して、時たま強いこだわりを発揮してしまう。
思えば、そのようにして二重になるイメージは固定されていないもの、いつでも変容できるものであって、まさにその変容できる可能性に対して自分は安心感を感じていたのかもしれない。自分という存在も固定する必要はなく、変容していってよいように思われるから。
2. 発達障害(ASD)の傾向と創作プロセス
1年半ほど前に子供が生まれ、生活スタイルが大きく変わったのだが、それから妻とささいなことから衝突することが多くなった。そもそも一緒にいる時間が増えたし、互いの睡眠不足や体調が原因ということもあるかもしれないが、そもそも私の認知特性に大きな要因がありそうだという話になり、知能検査を受けることにした。結果、診断がつくというほどではなかったが、発達障害のひとつであるASD(自閉スペクトラム症)の傾向がある、という結果が出た。いわゆる「グレーゾーン」というやつである。
思い当たる節はかなりある。ASDの一般的な特徴は「こだわりの強さ」や「明示されていないもの=空気や感情を読むのが苦手」などと言われるが、私も仕事の手順はきちんと決めた通りに進めたいし、明示されないものは「どうせわからないのだから考えても仕方がない」と切り捨ててしまう節がある。逆に、明示されたものについてはあまりにその通りに受け止めてしまうし、自分の言ったことが言葉通りに伝わらないことが理解できず、厳密すぎると怒られたり衝突したりということもよくあった。手順が変わったりイレギュラーなことが起こるとフリーズしてしまう。要するに、融通が利かない。
特にマルチタスクは大の苦手だし、睡眠不足のときなど思考スピードが極端に落ちる。私はこういったことを、ワーキングメモリが弱いためと思っていた。事実、ASD者の特徴としてワーキングメモリの不足がよく言われる。しかし検査結果を見ると、私のワーキングメモリは別に弱くはなく、数値も一般水準より上であった。苦手分野どころか、私の長所のひとつと言っても過言ではなかった。しばらくどういうことなのだろうと考えていたのだが、ある日ふとひとつの結論に至った。つまり、私は自分のワーキングメモリを上回るレベルで、物事に対する思考を無駄に複雑化させているのではないか、ということだ。
例えば、仕事の進行でこれから何をするべきか相談を受けたとする。そのとき私の頭は、優先順位を立てて重要そうなものから検討するのではなく、あり得ることを愚直にパターンA、パターンB…のように並列で並び立ててしまう。さらにパターンAから先のパターンA-A、A-B、それからB-A、B-B…のように、あり得る可能な組み合わせをできる限り広げようとしてしまう。そしてそれらのパターンについて、丁寧に一から順番に検証を始める。最後まで検証が終わったら、そこからやっとよさそうなパターンを選び出し、先方に提示する。
少々極端に言っているきらいはあるが、私が頭の中で行っているのは概ねこういうことだ。無駄になりそうな思考を省略したり、重要さの軽重をつけることが非常に苦手なのだ。というか、そういうことをやろうとして失敗した経験があまりに多いため、自分がミスをしないための工夫として、こうした効率の悪い思考を身に着けたと言ったほうが正しいかもしれない。
もちろん、あり得るすべてのパターンを網羅することなど不可能だ。これらはあくまでも「自分の想定できる」パターンに過ぎない。想像でパターンを補うことは苦手だし、最初はひとつひとつサンプルを集めるところから始めなければならない。自分では十分に検討したつもりでも、(それがあったか!)というような抜けがあることもしばしばだ。しかもサンプルの集め方には自分の癖があり、まず最初に検討するべきようなものが抜けていたりするし、収集していたはずのパターンがうっかり漏れたりもする。「なぜそれを最初に思いつかないの?」というような視線を浴びた経験は山ほどある。特に育児など、誰しも経験ゼロからスタートするわけだが、そこから必要な数の想定ケースを集めていかなければうまく動けないのは致命的である。結果として妻に負担をかけることになってしまうことがしばしばある。なんとかしたいが、まだ根本的な解決策が見つけられていない。
とはいえ、順列組み合わせは好きだ。決まった手順で最初から最後まで解決されていく様子は、裏切らないものとして安心できる。私のささやかな趣味として「ソート」がある。ハンガーラックにかかっている服を、種類順で並び替えているときなどとても楽しい。洗濯から戻ってきた服は、同じ種類の一番右に来る。そうすれば、同じ種類の服であれば一番左の服を着ればいい。洗濯の機会を均等にできるし、服に悩むことはない。このシャツならこの上着、このズボン、この靴下、この靴であることは決まっているので、シャツさえ決まればあとは自動的にすべて解決する。自分でもしょうもない感じはするが、趣味なのである。
こうしたプロセスへの固執は創作の方法にも反映されていると思う。先日日和下駄のポッドキャストでも話したのだが、今回の創作では進め方の手順がきっちり決められており、それをたどっていくと上演作品が出来上がるという仕組みになっている。つまり、ひとつのシーンついて3つのステップがあり、それを経るとシーンは(ひとまず)上演可能なものになる。プロセスはスプレッドシートで管理され、いつどのシーンをやるかの日程が組まれており、全工程が完了するとひとつの作品が(ひとまず)上演可能なものになっている……というものだ。
もちろん、実際にはすべてが想定通りに進むわけではない。急な体調不良で俳優が休むこともあり得るし、私が稽古に行けなくなることもある。しかし私は「臨機応変に」が苦手なので、こうしたこともいちいち想定に織り込まないといけないのである。まあこれくらいはあり得るかな、という想定をとにかく事前にしておく。それでも、急に想定外のことは起きたりする。そのときはフリーズするしかないのだが、しばらくして回復したら、そのことをひとつのあり得るケースとして追加する。あらゆるパターンを網羅した完璧なプロセスなどあり得ないということは、一応私もわかっている。包括できないものが現れたときにそれを踏まえてさらにブラッシュアップできるような構造であることはとても大事だと考えている。
ちなみに、私は「ちゃんと失敗したい」という妙な欲求がある。創作をやっていると、直前までうまくいかなくて無理やりぐちゃぐちゃやってたらなんとか形になった!みたいなケースに遭遇することがあるが、私はそれが極端に苦手だ。失敗しそうであれば、それは必然的なものとして潔く失敗するべきだと思っている。そしてなぜ失敗したのかをきちんと検証したうえで、次の機会に活かしていくという方が健全だと考えている。だがそれは「失敗することがわかっているのに対応しない」ということではあるので、無責任だと批判されたこともある。もっともだとも思うが、「よくわからない成功」は自分にとっては理解しがたく、苦手なのである。
そういう意味では、私は創作のプロセス自体を自分にとって「思考可能なもの」としてちゃんと抽象化したいのだと思う。もっと大きい視座で言えば、そうした創作を継続する作家「カゲヤマ気象台」というものも、思考対象として抽象化したいのだ。そうでないと自分が何をやっているのか、うまく理解できなくなってしまうのだと思う。物理的な次元で実現しつつも終わってしまったら何も残らない演劇という表現形態の創作プロセスは、前項でも論じた具象と抽象の二重化という私の嗜好にも合っているわけだが、その嗜好の根幹には、私個人の脳の発達特性が影響しているのかもしれないのだ。
3. 急行電車に乗れない、海外にも行けない(私の不安障害について)
(私が抱えている不安障害についての具体的な記述を含むので、気になる方はご注意されたい)
身近な人には伝えているのだが、私には不安障害があり、急行電車や飛行機に乗ることができない。いわゆる「広場恐怖症」である。不安に襲われると、心拍数が上がり、呼吸が苦しくなる。冷や汗が出て頭が真っ白になる。人によっては、強い恐怖やストレスで全身の血の気が引き、気絶しそうになった経験のある方もいるかもしれないが、それに近い感覚だと思っていただければいいだろう。
自分の場合、逃げ場がない不安をとても極端に感じてしまうようである。最初の経験は20代の頃、音響のスタッフをやっていたときで、そこは本番が始まってしまうと出ることができなくなる設えのブースだった(小劇場にはときたま、無理な構造をしているものがある)。まもなく開演というとき、終わるまで出られないという不安が一気に高まってめまいがした。あまりに気分が悪かったのでトランシーバーで舞台監督に連絡し、直前で申し訳ないがトイレに行かせてくださいと伝えて開演を少々遅らせてもらった。少ししたら落ち着いたのでなんとかその公演は最後までやりきることができたが、迷惑をかけてしまったという罪悪感も相まってその経験は一種のトラウマとして刻まれてしまったようである。それからも音響のスタッフは続けていたのだが、時たま恐怖がよみがえり、そのたびにだましだましやり過ごしてきた。
今でも観客として小劇場に訪れたとき、たまに始まってしまうと出られないタイプの構造に出会うことがある。そういう演出になりやすい劇場はだいたい見当がついているので、事前情報とか舞台写真を見て確認するようにしている。「開演時間に遅れるとお席にご案内できません」的な注意書きがあるものは、その時点で行くのを諦めてしまうことが多い。現地に行ってその構造に気づいたときは、何かしら適当な理由を伝えてそのまま引き返してしまう。残念なことではあるが、こうした演出も小劇場の魅力ではあると思うので、主催者を責める気持ちはない。ただ、私はこういう観劇生活をしている。
最初は不安の対象は劇場のブースのような閉塞空間だけだったが、だんだん乗り物にもそれを感じるようになった。程度の感じ方には変遷があるのだが、現在は急行電車のような、5分以上閉じ込められる乗り物には基本的に乗れない。もちろん死ぬわけではないから、恐怖と対峙する覚悟さえあれば乗れるだろう。ただ、最近はそれに立ち向かう勇気もなかなか出せないでいる。ここ数年はまったく乗っていないし、海外にも行けない。
基本各駅停車のみでの移動なので、23区外や他県のようなちょっと遠方に行くとき、Google Mapだけでは到着時間は計測できない。おおむねの経路を確認したあと、使う電車の路線図を調べ、各駅停車のみ停まる駅をピックアップする。そのあとY!乗換案内でそれらの駅を経由するルートで調べると、各駅停車で移動した場合の所要時間が出てくる。それでやっと到着時間がわかるわけだが、例えば家から横浜に行くのでだいたい2時間近くかかる。かなり余裕をみないと用事に間に合わないし、移動だけで一日の多くの時間を消費してしまうことになる。
以前読んだ田中みゆき『誰のためのアクセシビリティ? 障害のある人の経験と文化から考える』で知ったのだが、「crip time」という概念があるらしい。障害のある人たちが必要とする、「成長や発展に向かって直線的に進む一般的な時間の規範に沿わない時間」のことで、たとえば「移動するのに障害のない人よりも多くかかる時間。外出の後、障害のない人より多くのことに注意を向けないといけないことによる疲労から回復する時間」などを指すという。これを読んだとき、私が過ごしているのもまさにこの「crip time」と呼べるのではないかと思った。一般的な規範では無駄だったり、省くべきとされてしまう時間。私もこの問題がなければそのぶん時間を有効に活用できただろうと思うし、焦燥感に駆られることもある。しかし私の必要とする時間がすでに概念として提示され、議論の俎上に載っているということは勇気づけられるし、心が楽になるような思いがする。
そもそも私は演劇などという、社会の規範に沿わない時間を扱う領域に関わっているわけだし、《円盤に乗る派》のコンセプトはまさにそういう時間について考えるということだった。私は考えることも複雑化させてしまうし、何につけ時間はかかってしまう。時間をかけて少しずつでも、ゆっくりやっていきたい。急いでやらなければならないことは、できる限り諦めていきたい。諦めることは自分にとって、とても大事なことだ。そうでないと、自分はますます自分の時間から疎外され、責任とタスクしか感じられなくなり、顔つきは暗くなるし、口数も減ってしまう。
ちなみに、不思議なことに車は平気である。特に自分が運転していると全く問題なく、年末年始やGWの渋滞すらさほど苦ではない。だから長距離移動は車を主に使っている。といっても自家用車があるわけではないのでレンタカーを借りるわけだが、気持ちは楽な分、金銭的には割に合わない。帰省時など家計にも負担をかけてしまっているなと思う。
参考:『誰のためのアクセシビリティ? 障害のある人の経験と文化から考える』(田中みゆき、2024年、リトルモア)
4. 室内楽的な演劇について
で、演劇活動の話である。先述の通り、私は長距離移動には難がある。しかしここ20年ほどの私が演劇活動をしてきた時代は、モビリティ(移動性)の重要性がますます増していった時代であるように思われる。国境を越えた交流は盛んになっているし、世界的なグローバリゼーションの影響は文化芸術の領域にも及んでいる。日本から海外に出て活動することのモデルケースも増えたし、そうした活動への注目度も高まっている(と思う。客観的なデータは持ち合わせていないけど)。
こうした活動にコミットするためにはそれなりの障壁があるが、しかし私は国際的な場で活躍することを諦めてはいない。将来の展望は?と聞かれたら、「国際的に通用する作品を創りたい」と答えている。だが、そのために国際交流プログラムに参加したり、渡航を伴う企画に申し込んだりということはなかなかできない。かといって、最初から諦めてしまうのは何か違う気がする。自分は行けなくても、作品だけは送り出すような方法を考えたい。それには自分で道を切り開かなければならないのだろう。エルフリーデ・イェリネクだって飛行機に乗れないらしいが国際的に有名ではないか……なども思う。
この問題についてどうするべきかは長年悩んでいたのだが、しかし開示することがまず大事なのではないかと思い至った。私は「飛行機に乗れないやつ」なのである。どうぞご承知おきください。そして人と相談しながら進めていくしかない。自分でお悩み相談会でも開こうかなどと考えている。
その状況で、創作する作品はどのようであるべきか。グローバルな移動を前提とした作り方はできない。各国の人と対話をしたり、作品を通じて密接な関係性を作るのには難がある。あくまでローカルな存在であるしかない。ローカルでありながら、ローカルに縛られないような、そんな作品を創れたらよいだろうなと思っている。
参照先としてイメージにあるのは、いわゆる「ベッドルーム・ミュージック」だ。たとえばどこかの国のある地方の狭い自宅の中で作られた音楽が、インターネットを介して別の国の誰かに届き、作品を共有するというようなこと。大きな文脈から入って理解するというより、まず美学や感性で響き合うというようなこと。そこには例えば、私が東京の自宅にてダウンロードしたAphex Twinの音楽がコーンウォールのローカル性を背負っているというように、ローカルに根付いていながらローカルに限定されないあり方があるように思う。地産でありつつ、消費はべつのどこかで行われる可能性に開かれているというような。
大事なのは、ローカリティに対する自覚と、しっかりとした美学、そしてインディーズの精神を持つことだと思う。自分のありかたを保ちつつ、大きく見せ過ぎないということ、巨大なものへの指向を切断することが重要なはずだ。絶対的に個人(我々は団体ではあるから、「個体」とでも言うべきか)である必要がある。個人(個体)から離れたら、それこそ効率や実用性が求められ、私の抱く困難さが単なる「障害」でしかなくなってしまう。
今作(『「いまのところまだ存在しているわたしのたましいが……」』)を創りつつこういったことを考えていたので、作品のありかたに幾分か反映されているところはある。まず、作品をサイトスペシフィックなものとして捉えすぎないこと。どこででも上演され得ることが前提であること。劇場独自の機構を使った演出であるとか、「いま、ここ」にしかない文脈のようなものはできるだけ排した。それでありつつ、今現在の東京という歴史性、地理性の中で作られたものであることは無視せず、そこにあるはずの感性や感覚は込めたつもりだ。また、これは企画運営を進めていく中で意識していたことなのだが、自分たちの現状以上に立派に見せるようなことはできるだけやめた。今考えていることをちゃんと言うこと。直接手を動かして実現できる範囲のことをやること。先のことよりも今目の前にあるものについて考えること。こういったことが、私の考えるインディーズ=DIY精神なのだろうと思う。
こうした演劇の方針について、何か呼び方を考えてもよいように思った。参照先は「ベッドルーム・ミュージック」だが、我々は集団で創作をしている。さすがに寝室にみんなを入れるわけにはいかない。であるならこれは一歩広いところに出て、「チェンバー・ミュージック」(室内楽)的と言えるのだろうか。何か少し意味がずれているような気もするが、「室内楽的な演劇」というのは、響きとしては気に入っている。リチャード・シェクナーは昔、(いわゆる戯曲を上演するというような)私たちの知っているタイプの演劇は「21世紀の弦楽四重奏のようなもの」になるだろうと否定的に予言していた。批判的な文脈に開き直る感覚は嫌いではない(例えばダフト・パンクが自らに向けられた酷評の言葉をユニット名として名乗っているように)。