日和下駄の歴史に刻め!第四回

ゲスト:深澤しほ、横田僚平

深澤しほ、横田僚平
撮影:濱田晋

俳優の視点と実感から見る、今の演劇界の状況とは……?

歴史的な俳優になりたい日和下駄が、円盤に乗る派の新作公演『「いまのところまだ存在しているわたしのたましいが……」』に参加しているメンバーに話を聞き、どうやったら日和下駄がその名を歴史に刻むことができるのかを考えるポッドキャスト番組です。それぞれのゲストとテーマを設定して対談を実施することで、《乗る派》の状況や現代演劇を取り巻く状況について議論を深めます。いまの状況を読み解き、その中でどのように活動をしていくことができるのか。日和下駄が歴史に名を刻むための模索は続きます。

*本記事は、ポッドキャストとして音声収録したものを、文字起こし・記事化したものです。

下駄

こんにちは、日和下駄です。本日のゲストは横田さんと深澤さんです。

横田

横田僚平です。よろしくお願いします。

深澤

深澤しほです。よろしくお願いします。

下駄

よろしくお願いします。これまで一対一で話してきたんですが、今回は三人で話していきます。というのも、今回『「いまのところまだ存在しているわたしのたましいが……」』で共演する我々は、過去に一度集まったことがあり。2019年にこまばアゴラ劇場で行われた『これは演劇ではない』*という演劇フェスティバルで、共演はしていないんですが、それぞれ別の団体に出演していたという過去があります。今回は2019年の『これは演劇ではない』を起点として、それぞれの経歴を並べて振り返ることで、今後どうしていけばいいかがよりわかるのではないかという試みです。また、聞いてる俳優の人で、キャリアに悩んでる人も少なからずいるんじゃないかということで、ちょっとでも役に立てたらと思っています。

2019年1月にこまばアゴラ劇場で行われた演劇フェスティバル。オフィスマウンテン、カゲヤマ気象台、新聞家、青年団リンク キュイ、ヌトミック、モメラスの六団体が参加した。
http://www.komaba-agora.com/play/6528

別の視点の話では、いまの日本の演劇シーンというものが捉えづらい印象があって。俳優の三人で、俳優としての活動に焦点を当てて話すことで、観客の実感ではない別の実感から、シーンを捉えられるのではないかと考えています。その上で、ぼく個人の欲望としては、どう歴史に食い込むかが見えてくれると嬉しいなと。流れを通じてなんとなく見えるものがあるんじゃないかという希望的観測ですが。

横田

ぼんやりした期待がある。

下駄

経歴について話す前に、まずはお互いの俳優としての印象を話すところから始めたいなと思っています。

横田さんは、過去に《円盤に乗る派》で共演したことがあって、その後オフィスマウンテンでも共演してますが、一番最初に観たのは新聞家だったかな。当時から、周りの人がみんな横田さんのことを褒めてるなと思ってて、ぼくにはそれがよくわからなかった。他意はなく、単純になんでなんだろうと思ってたんだけど、オフィスマウンテンで一緒にやってみたときに、オフィスマウンテンのメソッドをぼくがインストールするという経験を踏んだら、横田さんの作業がちょっとわかる感じがあり、「だからおもしろいんだ!」って思った。ぼくにはできない魅力的なことをやってる俳優さんだなと思ってます。

深澤さんは、過去に観たことがあるのが、ヌトミックとぱぷりかで、いっぱい喋る演劇と会話劇と、かなり違うことを実践してる作品を観る事に結果的になりました。だから、振り幅がある、全然違うことができる器用な人なんだなと思ってます。あとは、演技の形がはっきりしてる印象があります。キリッとしてるというか。

横田

姿勢がいい。

下駄

そういうことでもないんだけど。なんとなくクールに演技をしてる印象というか。あえて二人を比べてみたら、深澤さんは形がはっきりしてるキリッとした感じで、横田さんはぐにゃっとした演技をするみたいな感じかも。

横田

ありがとうございます。

深澤

ありがとうございます。

横田

下駄くんは、明るい。楽しい、人が好き、人が集まる。人が集まるバス停みたいな人です! 環七通り沿いのバス停でも、田舎の方のバス停でも、なぜか人が集まっちゃう、そういうバス停。

下駄

それって、俳優としてというより人としてってこと?

横田

飲み屋に行く前の下駄くんもバス停だし、稽古場に来たときもバス停。共演してて非常に前向きになれるなと思う。前はその前向きさが怖かったのよ。

下駄

それは他の人からも言われたことあります。

横田

すごい陽キャじゃん。陽キャこわい!みたいな話なんだけど。最初の話ね。

前向きにいろんな問題を解決しようとするし、そのことに誠実で楽しんでる。人間性もだし、演技の手法でも楽しんでるなって思う。

演技は、見れる。ビジュアルがいいし、そのビジュからでてくる声もいいし。ぼくの中でビジュは結構大事で、舞台に出てきて欲しいビジュって感じがする。

下駄

深澤さんは過去に何度か共演経験があるんですよね?

深澤

今回で4作目の共演ですね。

横田

さっき下駄くんが言った、硬質な印象はわかるというか、四角形みたいな印象があります。表面的にそういうベールを保てるというか。ぼくにとってそれは強いってことなんですけど、度肝座ってるみたいな感じ。

下駄

度肝を抜くんじゃなくて、座ってるんだね。

横田

深澤さんと共演してて舞台上で会うと、深澤さんのスペースができてて、ぼくはそのスペースと演技してるみたいな感じがある。深澤さんは360°どこからみても結構やばいんですよ。いい立ち方をしてて、舞台上で共演してるからこそ見える半歩後ろの斜めからとかだと、硬質じゃない深澤さんが感じれたりしますね。

深澤

ありがとうございます。

私からみた下駄さんは、俳優というよりも演劇人っていう感じがします。制作をやったり、企画を立ち上げてみたり、俳優っていうものに限らない演劇にすごく興味がある人っていう印象がある。だから、演劇を語る時の言葉をすごい持ってるんだろうなと思ってたんです。私自身は、俳優そのものとか演じることに興味の比重があるので、演劇全体のことを考えるみたいなことは結構薄いんですよ。今回の企画もそうですけど、下駄さんのことを考えるとき、必ずしも舞台上の下駄さんだけじゃないんです。

下駄

だから横田さんもバス停って言ってたのか。

深澤

バス停、なんかすごいわかる気がする。名を残したいという欲望があるから立ち上げるものも色々あると思うし、やっぱりバス停になりますよね。

横田

ぼくは観客として観劇に行ったときに、知り合いとかにバレないようにして帰るんですけど、下駄くんすぐバレちゃいそう。

深澤

それでバレることも別にいいと思ってそう。

下駄

まあね。演劇って人と会いに行く部分もあるから。

深澤

だから陽キャっていうのもわかるし、色んな意味ですごく明るい印象があります。演技も、客席からみてるときに、存在感がとてもありますよね。声がすごい通るし、自分のスタイルをしっかり持ってるなと思う。だから舞台上に現れると安心して観れる人っていう感じがする。

下駄

ありがとうございます。先にちょっと感想を伝えると、ぼくはまさしく俳優とか演技に興味があるんですよ。俳優は社会的な存在だから、俳優について考えるときには演劇のことも考えなきゃいけないと思ってて。過去のpodcastでもちょっと話してるんですけど、自分が頑張ることも大事だけど、自分が頑張るための場がちゃんとしてないと頑張りが報われないと思ってて、そういう視点から演劇のことを考えてる部分があります。

横田

すごい良いね。

下駄

あと演技については、「安心できる」みたいなことは悩みでもありますね。観客として観てるときに、俳優に巻き込まれたいというか、この目の前の俳優がどうなるんだろうみたいな感覚を起こせる俳優もいるじゃないですか。

深澤

でも、そういう風に観てるお客さんはいると思う。私は下駄さんのことを知ってしまってる部分があるけど、初めて観た人はその佇まいとかでインパクトがある人だと思ってると思うよ。目を惹く人は結構いる気がする。

下駄

なるほど。確かに二人ともビジュアルの話からしてくれたから、ぼく自身にそういうインパクトがあるというのは自分では知らなかったな。

横田

ビジュっていうのは、例えば、下駄くんは目が大きいから目玉が左右に動くと動いたことがすごいわかるとか、背丈があるから身体が折れ曲がったり移動したときにダイナミックなものが見えるとか、身体の色んなものが舞台上で機能し始めたときの変化がわかりやすい、みたいなニュアンスかも。

深澤

非常に舞台映えする羨ましいフォルム。

横田さんは、過去に新聞家で二人芝居をやってるんですけど、もっと元を辿ると映画美学校アクターズ・コースのときに存在を知っていました。何を考えてるかまったくわからない人でしたね。その思考回路はどうやって獲得するんだろうってずっと悔しいなと思ってみてました。

演技だけじゃなくて、『これは演劇ではない』の関連イベントでAokidさんが開催したダンスバトルがあって、それでも優勝したんですよ。。横田さんの踊りを見たときに、ユニークさの出し惜しみをしない人だなと思って、それに対しても、なんか悔しいみたいな気持ちがありました。横田さんを見ているとずっと悔しい。身体のこととか、テキストに対する解釈みたいなものも、自分の中ですごい開発してることはわかるんだけど、その中身がなにかはわからないから、羨ましいという気持ちがある。

横田

その前振りにお答えすることはできないんですが……(笑)

深澤

でも、知りたくないという気持ちもあるんですよ。勝手に分析して、対峙するみたいなことも楽しい。「いま、こう考えているのか?」とか。だから横田さんは謎な存在のままでいて欲しい。

横田

観劇してても共演してても、演者を見ることが好きでした。例えば、あるセリフのときにこういう仕草をしたみたいとき、言葉のこういうことを感じたり想起したんだろうみたいな風に見ることが、昔は多かった。最近は、演者がやってることとか仕組みに対する好奇心がちょっとずつ薄れてきてる感じがあります。

他人がやってることと自分がやってることを交換したり、他者がやってる作業をマスターすることはなかなか難しいし、それができると信じることがなくなってきました。自分のことは自分で、じっくりじわじわやるしかないなという感覚。

深澤

今の話を聞いて、演劇シーンの話につながるかはわからないですけど、演技の組み立てとか、興味の探求とかが、個人作業として行われるようになっていってるのは、イマっぽいと思いました。

今回提出した経歴に書いてない、もっと過去に出てた演劇があるんですけど、そのときを思い返すと、先輩の“こういう風な演技”ができるようになりたいとか、全体のグルーブに乗らないと作品から浮いてしまう、みたいなことを考えてた。空気を一体にしなければ、みたいな方向の能動性が働いていたというか。

でも、今回の現場でもそうですけど、各々がやっている作業は個別にあった上で、演出によってグルーブになっていくみたいな感覚がイマっぽい。俳優が全体のグルーブを目指しにいかなくてもいいかもしれない、みたいな。他人の作業に自分も合わせなきゃということより、自分を深めていけば自ずと全体のグルーブが生まれてくる、みたいな方向になってきてるような気がします。

下駄

確かに。ぼくも個人的な探求をするタイプです。単なる技術提供屋さんになりたいわけじゃないし、自分にとって演技するということの意味を見出したいと思ってるから、自分の演技の歴史が自分のアイデンティティを形成していくという側面もあるなと思っています。作品をおもしろくしていくという軸とは別で、今回はこれができるようになろうとか、興味があることをテーマにしてみようみたいなことを自分で毎回設定して、その達成を積み上げてくみたいな感じで活動してる。

カゲヤマさんは方法がしっかりあるから、その方法に対して俳優の視点から伸ばしていかなきゃいけないという考えは《円盤に乗る派》に出始めた初期からもってたかもしれない。

深澤

横田さんが、他の人の演技に興味がなくなったかも、と言っていたのも、個人作業の線引きがクリアになってきたからなのかなと思います。

下駄

もしかしたら、それが俳優から見えてるシーンの共通点の一つなのかもしれないですね。

過去の出演歴から、それぞれの活動を見てみる

下駄

それぞれの出演履歴をちょっと順番に見ていきたいと思います。

2019年に『これは演劇ではない』がありましたね。ぼくは「カゲヤマ気象台」名義で『幸福な島の誕生』という作品をやりました。

横田

ぼくは新聞家『遺影』に出ました。

深澤

私はヌトミック『ネバーマインド』に出ました。

下駄

どうでした?

深澤

色んなものが観れて楽しいみたいな感じだった気がします。

下駄

シーンを作ってくれる人がいないから、自分たちで集まることでシーンを作ろうみたいな企画意図があったらしいんですが、ここからまさしくシーン化してるかどうかはわからないですね。

横田

継続的に作品発表してる人たちが多いですけどね。

下駄

一旦集まって、また離れた、みたいな印象。パーキングエリアみたいな企画でしたね。こうやって振り返れるという意味では良いパーキングだったのかもしれない。

深澤

そうかもしれないですね。

横田

決定的な作品が生まれたとかではないけど、たまたま同じ場所に集まったという感じ。《乗る派》は、コンセプトブックとか、トークとか感想会とかにも積極的だった印象があります。

下駄

お祭りに対しての団体の態度が出ますね。カゲヤマさんは企画者でもあったし、せっかくだから楽しもうという感じでした。

深澤

ヌトミック『ネバーマインド』は、まさしく演劇ではないだろうという感じの作品だったので、「これは演劇ではない」って打ち出されてると、気持ち的にはかなり参加しやすかった印象があります。

横田

普段観にきてくれる人とは違う層の人がたくさんきて、簡単には愛されない評価を受けたりしたのが逆に楽しかった記憶があります。

下駄

パーキングエリアなりの価値があるなという気がしますね。シーンをつくるぞ、と意気込まなくても、こういう場が開かれるのは良いことなのかもしれない。Mrs.fictionsの15分の作品をショーケースにする企画*もそういう感じなのかもしれない。

Mrs.fictions(ミセス・フィクションズ)が企画するオムニバスイベント、15 Minutes Made(フィフティーン・ミニッツ・メイド)のこと。これまでに東西ツアー等を含め延べ18回開催されている。
https://www.mrsfictions.com/archives/archives.html

横田

プラス作り手たちも知り合いになろうみたいな感じだったのかな。

下駄

でも深澤さん、横田さんとめっちゃ仲良くなったとかの印象はあんまりないな。

深澤

この場で仲良くなったとかはあんまりないけど、『これは演劇ではない』で観ましたとか、あの時ちゃんとご挨拶できなかったですけど、みたいなことで後々話す機会は増えたりしましたね。

下駄

確かにこれで見ましたって人がまあまあいるんだよね。でも、そんなに仲良くなる雰囲気じゃなかったというのも、さっきの個人で頑張るしかないという話につながるのかもしれない。

横田さんはその前後、オフィスマウンテン、新聞家、ダダルズの3団体を中心に出ていて、キャリアの初期はこの団体をぐるぐる回ってたみたいな話をしてましたよね。

横田

ある時期に、この3つに出てたら最高じゃんと気付いた時があって。自分にとってすこぶる健康というか、欲望が満たされてる感じがありました。

下駄

この3団体に出ててどんな感じでした?

横田

この収録が決まってこの前メモったんですよ。「オフィスマンテンでは舞台の立ち方、上演の可能性、エキサイティングを学びました。」「新聞家では言葉の豊かさ、誠実な態度、居心地を学びました。」「ダダルズでは語りや吐露、チームプレー、喜怒哀楽を学びました」

下駄

団体それぞれのイメージに合ってる気がします。でも、この3つを横断した横田さんが何者になるのかは全くわからない(笑)。

横田

すべての栄養がそこに揃っていたから、行き来するのが幸せで楽しかった。当時のノートをめくったら、同じ1冊にページをめくったら違う団体のメモが書いてあるみたいな感じでした。一個の現場で得たものを別の現場に繋げたがってた気がします。

下駄

深澤さんは2019年、ヌトミックで5本も作品でてますね。しかもこの年全部で8本も出てる。

深澤

この年は多かったですね。でもこの時期はとにかくやる、みたいな感じでほぼ記憶にないですね。

下駄

この時期ってどういう体感だったんですか。

深澤

2017年とかに、目の手術をしていて、活動を控えてた時期があったんです。それが徐々に回復してきて、がんばるぞ!みたいな時期だったんです。自分の中で万全な状態ができたぞみたいな。ヌトミックも結成が2016年で、ちょうど活動が精力的になってた時期だったんですね。

下駄

同じ団体の作品に出続けることで感じてたことはありますか?

深澤

当時は作品ごとに作風が結構変わっていて、『ネバーマインド』は縄跳びするとか身体を使う感じで、『エネミー』は一人芝居で30分ずっと喋り続ける。『祝祭の境界を探るパフォーム』は音楽に振り切って、『アワー・ユア・タワーズ』は短編がずっと続くみたいな作品でした。『お気に召すまま』はシェイクスピアで古典戯曲。団体は同じだけど、やってる作業は時々でかなり違う回路を使ってる感じでしたね。

下駄

そのイメージが、最初の深澤さんの器用さみたいな話と繋がっているような気がします。

深澤

当時のヌトミックは本当にいろんなことをやってましたね。特に、音楽と身体の関わりみたいなものを探ってる時期だったのもあります。

下駄

お二人は2021年と2023年に松田正隆『シーサイドタウン』『文化センターの危機』で共演してますね。これはロームシアター京都のレパートリーの創造*ですよね。ぼくから見ると、松田さんはそれこそ歴史に名を刻んでる人だと思うんですけど、出演してみてどうでした?

ロームシアター京都が、2017年度から取り組んでいるプログラム。劇場のレパートリー演目として時代を超えて末長く上演されることを念頭に、公立劇場として主体的に作品制作に取り組んでいる。
https://rohmtheatrekyoto.jp/repertory/

横田

めちゃくちゃ通しをしてましたね。

深澤

テキストが初日の段階で上がってきてるということが、変な話、小劇場ではちょっと珍しいじゃないですか。だからテキストが早い段階で上がってて、嬉しくてすぐ覚えました。松田さんの作品は特に、立ち稽古でも手元が片方塞がってると、かなり身振りとか所作に影響がでるということもありました。

横田

ぼくが経験してきた中で、一番早い通しでした。

深澤

逆に、通し稽古をやりすぎる危険性、みたいな話もしましたよね。

下駄

演劇シーン的な話になるんですけど、松田さんは演劇史的にはヌトミックや新聞家より前の人じゃないですか。そこの行き来みたいなことで感じた違いとかはありましたか?過去性とか。

深澤

過去性、は全然感じなかったですね。

横田

決定的な違いとかは別に感じたりはしなかったです。めっちゃ居やすい稽古場でしたね。演出家からの提示とか、テキストが要請してくるものとか、通しを何度もやることとか、全部が居心地良く感じられてました。

深澤

迷いが一切ない感じでしたよね。

横田

演出に関しても、ここに立って、こういう動きをして、こっちを向いて、みたいなイメージが見えてる状態に感じられました。

下駄

普通にキャリアを積んでる人がやってる団体として、その積み重ねを感じたってことですね。

深澤

全体的な懐の深さを感じましたね。俳優側でテキストのわからない部分があったら解消してくれる時間もあるし、話も振ってくれるし、ずっと安心感がありました。

下駄

何かが確立されてるからこそ出てくる余裕ですね。ぼくはあまりベテランの人とやったことがないので、安心が感覚的にあまりわからないかもしれない。

横田

ぼくがマレビトの会を観始めたのは最近なんですけど、そこに蓄積してる手法のようなものがあって、その中に入ることは難しいんじゃないかと思ってんです。たしかに難しかったんだけど、その手触りはすごく入りやすいものだった。

違う話ですが、《円盤に乗る派》に出たときは、畠山さんとか下駄くんを通して、《円盤に乗る派》を見たりカゲヤマさんと間接的なコミュニケーションをとったりしてた。松田さんのところだと、生実さんみたいな、団体における常連みたいな人の振る舞いとかを見て、考えたり得たりするものがあったなと思います。

下駄

確かに。演劇シーンのことを考えるとき、どうしても松田さんとかを起点にぼくは考えちゃってたんですけど、俳優なんだから俳優からの影響の方が強いはずですよね。

横田

団体のことをイメージしたときに思いつく看板俳優みたいな人の、考え方とかアイデアに興奮してた覚えがあります。

下駄

ぼくは作品を観るときの視点、つまり作品は演出家が作ったものだ、みたいな視点で話してたことに気づきました。でも、みなさんは出演してるわけだから、実際に舞台に立つ俳優からの影響が直接的には大きいですよね。

横田

看板俳優の人の横に立ったときに、同等に立てるかというか。まあ立てるんですけど、本質的には立てないという、その試行錯誤が楽しいですよね。

下駄

今の話を受けて、演劇史の本って、演出家とか劇作家を主体にしたものが多いですけど、俳優軸の歴史だったらまた別の歴史として語ることができそうですよね。

深澤さんは2020年以降、スペースノットブランクの作品にいくつか出ていますね。

深澤

それこそ個人がどう立つか、を問われた印象ですね。演出をするお二人も、その人のままどうやったら立てるか、みたいなことをデザインしてくれるタイプでした。個人に無理のない、それぞれの可動域を見極めるというか。そういう意味でも、個人が鍛えられた場所でした。作品によってテキストがなかなか覚えづらいものだったりもするので、自分がそれに対してどう立ち向かうかみたいなことを考えましたね。もちろんどの団体でも、個人がどう立つかみたいなことを考えてはいるんですけど、スペースノットブランクは、特にそのレベルが濃ゆい気がしました。

松田さんの作品でもヌトミックでも個で立つための作業はするんですけど、その実感の濃さのレベルが違う、ということかと思います。松田さんの作品でいえば、個人の内的な作業に加えて、タイミングだったり全体のリズム・流れを無視してはいけない、という全体に対する考えのレベルを上げないとバランスが崩れるんじゃないかという思いが強く出てくる。ヌトミックも、リズム、音楽、グルーブ感、みたいなものでいうと俳優自身が持つ全体に対する意識もかなり開かないといけない気がします。

下駄

やっぱり話を聞いていると、「全体」と「個」みたいな話はシーンを語る上で重要な要素な気がしてきました。

深澤

でも、他人の作業と自分の作業の区分けがはっきりしてきたのは、年齢のせいもあるかもしれないですけどね(笑)。折り合いがつけられるようになった。

下駄

ぼくは結構「個」を頑張る作品ばかり出てるかもな。

深澤

下駄さんはそのイメージがあります。

下駄

全体の調和を取るために「個」を下げるみたいなことはあんまりないかもしれない。ぼくが「先鋭的な演劇」と呼んでるものは、「個」を大事にする演劇という別の言い方ができるのかもしれない。出てみてて思うんてますけど、全体の調和を大事にする作品の方が、観客にとって親しみやすいのかなとなんとなく思いました。

横田

「個」って見づらくないですか?ぶつかり合い合戦みたいな感じになったり。

下駄

「全体」の方がドラマチックさとか受け取りやすいなとは思いますね。

深澤

「個」だと、こっちも気合い入れて見なきゃって感じになりますよね。

下駄

横田さんは、「秋の隕石2025東京」でオープニングプログラムの『現実の別の姿/別の現実の姿』の構成を担当してたと思うんですけど、それはどうでした?

横田

出演者の方にはたくさんの不安を抱かせたと思います(笑)。

でも、呼びかけて、人を集めて、時間割をデザインして、声かけをして、みんなが心地よくいられる状態を作って、みたいなことをやってみて、これまで出演してきた団体の企画者たちはこんな大変なことをやってくれていたのかと感動しました。

自分が優柔不断だったので、全体をみんなで決めていった部分が大きくて。パフォーマーの人と同伴して、一緒に日々を過ごす中で、テキストを見たり喋ったりする人としていました。

それぞれの道を歩んできた3名、《円盤に乗る派》では何にトライし、今後どう進んでいく?

下駄

ここまでそれぞれのキャリアを振り返ってきたわけですが、《円盤に乗る派》の『「いまのところまだ存在しているわたしのたましいが……」』で再び共演することをもう一つの起点に、今回の《乗る派》のことと、今後のキャリアのことを話せたらと思います。

深澤

《円盤に乗る派》は観客としても好きな団体だったので、出演できることが嬉しいです。でも嬉しいと同時に、何ができるんだろうとか、どういうことをしてるんだろうというのは、観てるだけではわからなかったので怖さもあって。でも稽古場は、質問しやすい空気があるし、開かれていて楽しいです。毎回の稽古で、自分がやってみたいことを持ち込める現場だなと思います。あと単純にテキストがおもしろい。そういえば、個々人の作業みたいなことをあんまり話さないですよね。テキストを介した話はするけど、個人の作業の追求を場で共有するみたいなことはなくて、でも《乗る派》の世界観が立ち上がっていてすごいなと思います。

これからは、今年は特に出演予定が決まっているとかはなくて。観劇することも演劇の中にいることだと思っているので、自分が出たい団体とか作品とかを発見していきたいなみたいな気持ちがあります。最近は、演劇以外のことで自分を耕したいなという気持ちがあって演劇を離れてたので、今年は演劇を耕す方向でやっていきたいなという気持ちです。

下駄

横田さんはどうですか?《円盤に乗る派》の出演は二回目ですが。

横田

もっともっと頑張らないといけないなと思ってます。ぼくの中でも実態がわからないところに足を突っ込みながら、お客さんにはその実態を見せていかないといけないので。自分はわちゃわちゃ系であえてテンパっちゃうみたいな方が得意技なんですけど、今回はテキストのこととか、舞台のことを考えるとその技は使えないなと思っていて。今回は物語になりたいと思います。このお話を上演にしていくという部分を出演者として頑張っていきたいです。

今後は、演技をしてるときの喜びを感じられる舞台に出たいですね。

下駄

ありがとうございます。ぼくは『仮想的な失調』のときに、主人公として巻き込まれるだけで、何もしないという役だったんです。これまでは公演ごとに個人的な課題を設定して、なにかをやるという方向でトライしてたんですけど、何もしないという方向が少し苦しくて。でもお客さんからの反応は良くて、つまりぼくがなにかをしないことで作品全体が見えやすくなったんだなと思うんです。でもぼくは《円盤に乗る派》のことをそういうことをやる場所だとは思ってないんですね。つまり、個人のことを追求する場所だと思ってる。やっぱり何かをやりたい、トライしたいという気持ちが強い。一方でお客さんにもおもしろいと思ってもらうためには作品全体のことを考えなきゃいけないという話もあって。今回の現場でも、この個人の作業と作品全体のことでのバッティングが自分の中で起きてて、考えていかなきゃいけないなと思いますね。本当は両方が成立するといいんですけど。あとは、やらないことをやるという矛盾を自分が受け入れられるかとか。

今後は、今日話してみて、全体性のある演劇に出てみたいなと思いました。これまでのポッドキャストでも自分が演劇シーンを横断的に活動するということを考えてきたんですけど、今までは「会話劇」みたいな言い方しかできなかったんですが、「全体性のある演劇」という新しい言い方が見つかってよかったです。

あとはやっぱり、ぼくはまさしく演技に興味があるようには見られてないんだなと思いました。ぼくの演技について熱く語りたくなるような演技をしていきたいなと思いましたね。

横田

『仮想的な失調』ってQ太郎っていう役だっけ?ぼくはあの作品で、Q太郎が一番好き。劇の全体がQ太郎に向かってきてて、全体に狙われ続けてるみたいな感じがあった。

下駄

ぼく自身はあの演技はあんまり好きじゃなかったけど、その方がぼくは魅力的に見えるみたいなことも考えていかないといけないんだなと思いました。

今日はお二人ともありがとうございました。

横田

ありがとうございました。

深澤

ありがとうございました。