『清潔でとても明るい場所を』書簡集


photo by Arata Mino

『清潔でとても明るい場所を』

東京公演
2019年8月8日(木)〜12日(月祝)
会場:BUoY
http://buoy.or.jp/

浜松公演(ワーク・イン・プログレス公演)
2019年8月3日(土)
会場:浜松市鴨江アートセンター
http://www.kamoeartcenter.org/

公演詳細:https://noruha.net/gallery/records02

この度、「書簡チケット」というチケットを用意致しました。これはおおむね25歳以下の方を対象に、2000文字以上の感想を書いていただくことを前提に、チケット料金を無料でご観劇いただけるというものです。いただいた感想文はWEBに公開し、後日それを受けてカゲヤマ気象台が返信をいたします。

「書簡」とは言え、我々に宛てて書く必要はありません。思い思いのことを一人で書いていただけたらと思います。いわゆる「批評」を求めているというわけではありませんが、それが必要だと思われるのであれば、「批評」として送っていただいても構いません。なるべく素直に書いていただきたいとは考えています。感想と言っても、単によかった/悪かったというようなこと以上に、この作品が自分にとり何だったのか、あるいは何でなかったのかが書かれているとよいと思います。

書いていただいたものは公開します。記名でも匿名でも構いません。少なくとも誰かがこの作品を観て、何かを書いたのだということ、そのための場を用意したいと思いました。観客が演劇を創るというようなことはよく言われます。観客がいないと演劇が成立しないのであれば、それは単に上演の各瞬間にコミュニケーションが行われるということ以上に、作り手も観客もそれぞれが一人の人間であって、別々に生きてきたし、これからも別々に生きていくということが実感されるからだと思います。何かが書かれるということはそういう意味でもまさに演劇的なことですし、だからこのシステムは新しい何かをやろうというより、すでに起こっていることを顕現させるためのものだと言えます。

今回、対象は若年層に限っています。演劇に興味を持ち始めた人との新たな出会いを期待します。感想を読む人にとってもそれは出会いとなるでしょう。

円盤に乗る派からの夏休みの宿題です。是非奮ってご応募ください。

カゲヤマ気象台 


提出者一覧(提出順)
長沼航(散策者) 
中條玲
小林毅大(鉄くずについて)
匿名希望
藤家矢麻刀
片倉直弥
匿名希望
渡辺六三志(脱・人間宣言)
ポテト
匿名希望

カゲヤマ気象台による返答(2109.12.25)



カゲヤマ気象台さんへ

この度は公演お疲れ様です。書簡チケットで『清潔でとても明るい場所を』を観劇致しました長沼航と申します。よろしくお願いします。
☆☆☆
2000字以上の感想文を書くということで、観劇中もその後もどのような内容・形式にするかを悩んでいたのですが、今回はお手紙のような形でいくつか感想を述べることにいたします。カゲヤマさんからの返信がもらえるということや宛先が明確に存在するときの言葉の振る舞いをたしかめながらこの書簡を書きたいと思いこの形式を選びました。というのは建前で、本当はふつうの文章として書こうとして行き詰まってしまったのです。やはり自律した文章を書き人目に触れさせるときには「うまく書く」ということが問題になりがちです。実を言えば、手紙であればそういう課題を回避できそうだというのがこの形式を選んだ理由です。
☆☆☆
さて、自分も演劇創作に関わっている身でこのような発言をするのは不本意なのですが、最近さまざまな演劇作品を見るにつけて「演劇は本当に面白いのか?」という疑念が頭をもたげます。電車の中で見知らぬ乗客が起こしているいくつもの「ドラマ」を観ている方がよっぽど私の生活に響く時間になっていることに悲しさと苛立ちを感じているのです。
そんななか、本作のステートメントは言葉の氾濫した世界の中で演劇の上演が果たす(かもしれない)役割を述べたものとして興味を惹かれました。また「詩の上演」についても個人的に関心があり、その点でも今回の取り組みを注視したいと思いました。そして、この書簡チケットという素敵なシステムのおかげで、万年金欠の私も気兼ねなく作品を観ることができました。ありがとうございます。
☆☆☆
それでは、上演を観ている中で感じたことをいくつかに分けてお伝えしたいと思います。
1. 形式について
近ごろ、演劇作品の形式について考えています。それはテキストレベルの語りのあり方や演技レベルでの観客との関わり方など様々な段階でのことですが、今回の作品(そしておそらくカゲヤマさんが作られる多くの作品)は形式の強度、正確に言えば演技態の強度が高いと感じました。俳優の発話に対するカゲヤマさんなりの方法が場を統御する一つの形態的規範として働いており、作品としてのまとまりを担保している。けれども、それによって舞台上の全てが一つの原理へと収斂していくのではなく、むしろ多様なあり方が並存可能になっています。そのような皆が依って立つための基盤としての形式はとても重要だと最近痛感しています。
Q. 稽古場で演出業務をする際に基盤としての形式ということは意識されますか?例えば、俳優の演技に対して「違う」と感じるのはどういう観点からでしょうか。
2. 舞台美術/戯曲としての詩について
笠井康平さんが書かれた詩が舞台美術として舞台後方に投影されていましたが、詩が舞台美術であること、舞台美術が詩であることの意義をいまひとつ感じきれずに終わったような気がします。「これは日本語が僕で書いた景色です。」や「乾いた空気は息苦しいからと、やわらかな霧を浴びに来るのだった。」などという文言は個人的に独立した詩として印象的なものでしたが、戯曲内の舞台を表象しているともとれるような詩も中にはありそういうものは舞台美術、というよりはト書きのように感じられました。後者のような言葉の存在の仕方は結局は舞台上の出来事を補完するために動員される言葉に過ぎなくなってしまうのではないでしょうか。また、投影される場所や言葉の配置や意匠なども言葉=美術としての詩を実現するには不足分が多かったのではないかという印象です。
Q. 笠井康平さんの書いたテキストの一番好きなところはどこですか?
3. 時間について
緩やかだが濃密な時間の進み方が心地良かったです。上演台本を読むと、テキストの意外な短さと上演の誠実さがよく分かります。ただ上演中にふとこんなに良い言葉を一回しか聴けないことがもどかしくて堪らなくなりました。演劇とは頭からお尻まで基本的には順次的に進んでいくものとされていますが、言葉と向き合おうと思うとこの制約がかなり重いものになりますね。形式における決まりや文化に対してどう取り組んでいくかは、作品を作るにあたって重要に思います。カゲヤマさんがそこをどのように考えて作っているのか気になります。
Q. 時間を順次的に進めていくことにこだわりはありますか?戯曲/上演においての時間の進行をどう捉えていますか?
4. 演劇について
『清潔でとても明るい場所を』を観ても結局私の演劇への疑念は晴れませんでした。それはなんとなく作品と私との遠さを感じてしまったからかもしれません。これを観たら私の心や身体や生活が変わってしまうかなと期待していたのですが、まだ特に変化はありません。どうやったら観客の日常へアクセスする作品が作れるのでしょうか。もしくは、どうしたら作品を自らの日常にリンクさせて観ることができるのでしょうか。そういった大きな問いがまた巡ってきてしまいます。
Q. 芸術作品に救われたり殺されたりしたことはありますか?自分の作品に救われたり殺されたりしますか?
☆☆☆
以上、いくつかの感想と質問です。本当のところ、私はこの「感想」に満足していません。作品と対峙した私の否応ない反応が含まれた感想でなければそれは感想と呼べないのです。ここに書かれた「感想」にはそういう肌の触れ合う感覚がありません。ただその身近な感覚を上演において感じられなかった(作品によることなのか、私の向き合い方によることなのか、記憶に残っていないだけなのか……)以上、それを仮構して感想を仕立て上げることほど虚しい営みもないので、ここで筆を置かせていただきます。返信お待ちしております。それでは。

長沼航(散策者)



 円盤に乗る派さんは、先日YouTubeで公開された『正気を保つために』を除いて初めての観劇でした。書簡チケットということで、観劇代との戦いを日々強いられているぼくはありがたく申し込ませていただきましたが、いざ、感想を書いて送るとなると言葉にする恥ずかしさと難しさを感じています。僭越ながら、作品を見て思ったことをここに記そうと思います。

 薄い物語性の中で、言葉によるドラマの構築はとても心地よいものでした。三人の十歳は大人たちが言葉にすることで発生してしまうし、壁に映し出された言葉で風景が立ち上がってしまう。便器も言葉だとカゲヤマさんは言っていた。その意味は完全に分かっていないだろうけれど、「便器」だから便器が舞台上に設置されてしまう。「しまう」というのは決して悪い意味ではなくて、『清潔でとても明るい場所を』の上演を見ていて、「言葉を発することでそういう風に振舞おう。」だとか、「言葉がこういう意味だから、解釈はこれでこういう論理的展開がある!」みたいな、表現することの暴力性を極端に感じず、ただ、純粋に言葉によって構築されて(それはもちろんテキストを書いているカゲヤマさんの意志かもしれないけれど)、俳優によって発話される言葉、ソフトな部分があの空間に現れているように感じたから、「しまう」。だから、作品を見た後は、その跡形もなさみたいなものも感じました。跡形もないけど、あった。言葉自体は書き記すことで目に見えるけれど、音声や会話、意識としてベースにあるモノは目には見えないけど、存在していた時間、みたいなレベルでの存在感を感じる。そして、それこそがとても心地よかった。なんにも押し付けられている感じがしない。ストレスフリーでどこかに飛んで行ける。

 言葉について、最近は二つのことを考えています。
 一つ目は、言葉にはいろいろな邪魔者が付きまとうということ。(これは必ずしも舞台上とは限らない。)その邪魔者は主に、解釈と表現。言葉は人と人の懸け橋となって、受容と発信を繰り返すことで、僕たちは便利な生活を送れています。けれど、言葉を言葉のまま受け取るというのはほぼ百パーセント無理。解釈と表現がくっついてきてしまう。このときの「解釈」は言葉の意味を読み取ったりする「理解」とはべつで、発された言葉が発話者からふわふわと離れて、発話者を顧みないで受け取ってしまう、みたいなこと。表現というのも、僕たちは「優しい嘘」と呼ばれてしまうようなことを平気で使うし、声色(テキストとは逸脱してしまう気がするが表情も)などで、より多くの情報を伝える。だから、純粋に言葉だけを発信して受容しているわけじゃなく表現がまとわりつく。逆に、そのようにやり取りが行われる言葉だけを見ても、なんのことかはさっぱりわからない。だから、ただひたすらに言葉に向き合うことは無理かもしれないとおもいつつ、諦めてしまうと、それは生きることを放棄してしまうような気もしている。とても小さいことかもしれないけれど、その邪魔者をなんとか排除して言葉を使わないといけないな、とか思っています。
 二つ目は、言葉にとって代わる手段が見つからない、ということ。音楽や絵、ダンス、そのほか様々なパフォーマンス、たくさんの表現手段は持っているけれど、それらのすべての根底には言葉があるようです。そもそも、思考が言葉で行われているから、アイデアや発想も、言葉がなくなってしまえば、何も生まれない気すらしています。これは二か月前くらいから考えていることなのですが、カゲヤマさんが仰っていた、演劇の要素は全部言葉で出来ている、というのを聞いた時にやっぱりそうだよなぁ、とまた諦めに一歩近づいてしまいました。そして、たぶん、言葉にとって代わる手段は見つからなくて、そのことに絶望しかけている僕は単に逃げているのだと気づきました。幸いなことに僕たちは言葉を得ているから、言葉が不便だと思ってしまっていても、いや、思っているこそ、言葉に向き合わなくてはいけない。膨大な量があるし、不便はずっと付きまとうかもしれないけれど、向き合う態度こそが今の僕には最重要項目だと考えなおしました。『清潔でとても明るい場所を』のおかげでいい一歩が踏み出せたと勝手ながら思っています。
 『清潔でとても明るい場所を』の中では、様々な様態の言葉が現れていて、そこに、僕が気にしていた解釈と表現が薄まっているような感覚があり、どういう向き合い方をしているのだろうか、と純粋に知りたくなりました。

 弱いからだについて。最初、見ているときは、不安定で居心地がよくなさそう(悪いではない)な身体の感覚が伝わってきていました。でも、ずっと見ていくうちにそれは、心地よさに変わった。
安藤さんのアフタートークの回にお邪魔して、身体性の話をされていたのを興味深く聞いていました。身体の時間を引き延ばすことで、意識の細やかな移り変わりを明瞭化させる。さらに、何かに耐えて無理するのではない、あえて遅くすることで、多様な刺激の受容に耐えうる状態にしておく。あの、支離滅裂ともとれるテキストや、便器や投影された言葉が配置された舞台上ではその身体の状態はテキストと薄い輪郭を形どるような形でマッチしていて、終盤にかけての心地よさにつながったのではないかな、なんかを考えました。

この世界は、言葉で出来ている。言葉のための状態は多様な形があって、否定することは避けて生きたい。

ひどく分断したわかりにくい文章になってしまいましたが、『清潔でとても明るい場所を』を観劇した後だからこそ、この言葉の状態を許すことができるようになったんだと思います。むしろ、いま感じていることを、言葉として整理してしまうほうが、ぽろぽろと崩れさせる行為に近いような気がして手が出せませんでした。ありがとうございました。

中條玲



カゲヤマ気象台さま

持続してはならない、なんであれ持続に加担してはいけない。(モーリス・ブランショ「恋人たちの共同体」)

 「書簡」ということでこの文章は「手紙」に分類されるわけですが、それは明確な「宛先」があることを意味します。あなたに伝えたいことがあります。銀杏BOYZの『生きたい』は峯田のこの言葉から始まります。ぼくはSpotifyでこれを再生するたびに、峯田と「向き合って」彼の話を聞いているような気持ちになります。しかしこれには疲労が伴います。峯田が常に感じ悩まされ恐れ続ける「罪のようなもの」について彼が切実に歌うのを聞くのは、とてもしんどい。彼は彼の話を聞いてもらうためのマナーを知っています。知っているからこそ彼は明確に初めに「あなたに伝えたいことがあります」と言うのです。他方でフィッシュマンズの『疲れない人』では「難しい顔はもういらない/眠たそうに笑ってる君に拍手を送るのさ」という歌詞があります。彼が歌う「疲れない人」とは、様々な状況で適切なコミュニケーションを進行させるために自らのシステムを酷使することの疲労を感じないような人−ぼくは今テラスハウスに出てくるようなバリバリキャリアウーマンの人たち、恋も仕事も頑張ります、を想像しています−とは対極にあります。だからといって彼は、「うわべだけの」「距離感を保った」「軽い」関係性を肯定しているわけでもないように思います。

 早速、話が脱線しすぎています。要するにぼくは明確な宛先を持たない言葉たちについて語りたいのです。それは今作で登場した、地下室に眠っていた三冊の「日記」「詩」のことであり、個室トイレに座りながら発される内省的な議論のことであり、サウナでテレビを見ながら汗をかき「死体」になる男のことであり、今ぼくが書いているこの「書簡」のことです。車に轢かれて死んだ(と思われていた)男は海に運ばれていきますが、その海はまるで宛先を持たない言葉たちの終着点、墓場(あるいは源泉)のようでした。『にけつッ!!』で千鳥の大悟がゲストで登場した回で彼は、まだ若い頃に千原ジュニアとサシ飲みしていた時に聞いたという話をしていました。それはこんな話です。イルカの死体って滅多にあがらないらしいねん。なんでやと思う?なんか外国で研究してる人たちがそれを目的に実際に海に潜って調査してたらしいんやけど、その時な、あもうすぐ死ぬっていうイルカがいて、したら近くに三匹のイルカがやってきてそれを中心に三角形を作ったんやて。でその三角の中心を、その死にそうなイルカが通過した瞬間、そのイルカは消えてしもたんやて、、。この話どう思う?大悟は返答に困り「バカな後輩のふりをしよう」と思って、そんなことはないでしょう、と返す。「でもそんなことがなかったら世界ってつまらんやん?」というジュニアの言葉に大悟は呆れかえってしまった。
 人間が有限であるのと同じように言葉も有限です。有限な言葉から無数に思われるバリエーションが生み出されます。さっき海について、それが「言葉たちの」終着点であると書いたのは、それは「人間たちの」終着点ではありえないという意識があったからです。言葉は人間が作り出したものかもしれませんが、そこには明確な境界線があるようにぼくには感じられます。ぼくたちはイルカではなく言葉でもない。トイレの水道がいずれ海につながっているようにぼくたちはつながることはできない。トイレと海との間を彷徨うこと、という旨の台詞が茶化されながら劇場に溶けていった時、ぼくはどこか安心していました。この、ぼくたちと言葉の間に明確な線を入れ言葉を外在化させることの宣言が、開場中に投影されていた「これは日本語が僕で書いた景色です」という「舞台美術」であったようにすら思えます。

 カゲヤマさん、しかしぼくが本当に言いたいことはこういうことではありません。ぼくは「愛」についてあなたに話してみたいと思うのです。「見えない魔法をかけて」くれる「いかれたbaby」について話がしたいのです。「いかれた便器」が常に舞台上に鎮座し、明確な宛先を持たない言葉をぼんやりと語り続ける人々の傍に、あるいは人々に腰掛けられているあの光景を、ぼくは「愛」と呼んでみたい。
 20世紀フランスの批評家(と仮に呼んでおきます)モーリス・ブランショの「恋人たちの共同体」(『明かしえぬ共同体 La Commnauté Inavouable』所収、1997年、西谷修訳、ちくま学芸文庫)は、同時期の小説家マルグリット・デュラスの『死の病いLa maladie de la mort』という小説を中心に、愛と共同体について論じた文章です。冒頭で彼はフランスのいわゆる「五月革命」について、「容認されたあるいは期待された社会的諸形態を根底から揺るがせる祝祭のように」「階級や年齢、性や文化の相違を超えて、初対面の人と彼らがまさしく見慣れた-未知の人であるがゆえにすでに仲のいい友人のようにして付き合うことができるような、そんな開域を」「企てなしに」「発現しうるのだということをはっきりと示して見せた」ものであったと語ります。フランス人でも同時代に生きていたわけでもないぼくからすれば、こんなユートピアが本当に存在していたのか疑わしいのですが、彼のいうことを「試しに」信用してみることにします。「五月革命」の人々は−ぼくの目に慣れている「反安倍」の名の下に「野党共闘」「連帯」を振りかざす否定神学的な共同体形成を目指している人々とは違って−「何事も排除しまいという拒否の姿勢」による「無辜の現前」という「不可能なもの」への挑戦を試みていた。ブランショは、具体的な政治的な変化を求める実際的なもの(例えば1789年)を「伝統的革命」と呼び、「五月革命」をはっきりと区別しています。後者の目指すものは、「ことばの自由」によって「共にあることの可能性を自ずから表出させる」ことでした。それはつまり「語ることが語る内容にまさ」り、「詩が日常のものとな」り、「透明で内在的な、コミュニケーションそれ自体とのコミュニケーション」が発生することを意味します。
 さてここで問題になってくるのが「匿名/顕名」の問題です。ブランショは、「五月革命」は「無名、非人称の運動」であると述べます。しかしそれは個々の特殊性が一つの全体性に回収されていくようなものでは全くありません。彼はエマニュエル・レヴィナスを召喚し、有名な「顔」や「責任」の概念を前提として議論を進めます。訳者による注釈がこれらの簡潔で優れた説明であると思ったので引用します。

  レヴィナスによれば、他人(具体的な人としての他者)とは、自己とは異質な「まったく別の」者であり、自己との間にいかなる共通の尺度ももたず、自己と同じ地平に属さず、自己とともに数に還元することもできず、決して自己に同化することのできない本質的な「外部性(extériorité)」としてある。
  レヴィナスにとって他人とはひとつの超越であるが、この超越の関係は「顔の(への)接近」という体験の中で生きられる。あるいは「向き合う」という具体的な関係の中で、他人というこの限りなく遠いものの現前が「顔」と名付けられる。こうして単純率直に無防備にさし出された「顔」は不謹慎なまでに裸形であり、それを彩り覆ういっさいのコンテクストを欠いて本質的に貧しくあるが、その無防備な裸形性と無力さは暴力的行為を、殺意を誘い起こす。しかし「顔」は同時にその無力さそのものによって殺害を禁じもする。つまり「顔」はコンテクストをもたないが、それだけで意味があり、この意味は「きみは殺さない(汝殺すなかれ)」という命令ないし、倫理的要請を含んでいる。そしてこの要請に答える(repondre)ことが私の責任(responsabilité) となり、この他人に対する責務の中で私は僕=主体(sujet)となる。主体性は、この他人に対する責任が、他人の身替りになるところにまで及ぶ運動の中で構成される。つまり、私の任とは他者のために「人質」となること、そうした無条件の条件を受け容れることを要請するが、私が主体として代替不能であるのはまさしく私がこのような意味での責任を担うかぎりにおいてなのである。

 「顔の(への)接近」や「向き合う」ことを通じて、「顔」の無防備さ無力さから引き出される暴力性と、同時にそれを禁止する倫理的要請という「無条件の条件」を受け入れることでぼくは初めて主体化される。ブランショはあくまで「向き合う」という「具体的な」関係の上で(「五月革命」もきっとそうであったに違いない)「無名、非人称」という言葉遣いをしていることに注意しなければならない。同時に、このような関係性は各々が能動的に選択される必要があり、なんらかの外在的なものによって強いられてはいけないということも事実です。それゆえブランショは「誰一人解散を指令する必要はなかった。人々は、無数の人を集会させたその同じ必然性によって散っていった。」と述べます。

 ぼくはしかし、やはり彼の「五月革命」の記述が嘘くさく感じてしまいます。それらがあまりに美しすぎるためです。ぼくにはまだ「愛」が信用できません。「顔」の話も、誰かが「汝殺すなかれ」を破った瞬間に全てが壊れて戦争状態になってしまうし、事実ぼくには世界がそのようなものに見えます。今、「愛」は可能なのでしょうか。「持続しない」ことに託してもいいのでしょうか。こんな終わり方になってしまって申し訳ありません。返信お待ちしています。

小林毅大(鉄くずについて)



 老人たちなのか、子供たちなのか。地球平面説において世界を支えている三つの動物ー亀、像、蛇ーと球形の地球がプリントされたかわいいTシャツをを着た三人組。それぞれにやたらと長い名前のついた三人は子供たちのようでもあり老人たちのようでもあった。過去の話をよくするから老人たちだと始めの方は思っていたが、途中で三人のうち一人は「10歳」であることが判明した。
 この三人を三人「組」とかいてしまったのは、彼らが子供や老人のように見えたことと無関係ではない。子供にしろ老人にしろ、彼らが集う、またはツルむ理由は「なんとなく」と表現されるような怠惰で儚い偶然性に依るものではないか。人はすごく幼いかすごく老いているときに他者に対して開くことができる。ただそこにいたからという理由のみで相手と関わってよいことには普通はなかなかならない。電車で突然隣の人に話しかけたらびっくりされて、ときには不審者と見なされるかもしれない。しかし、幼い子供や老人はときどきそんな秩序を度外視して他人と関係したりする。そうして生まれるコミュニティはその集団が集団としてかたちを保つための制度や必然性を欠いているために、集団だけれど社会的ではない。ルールや合意の上で組織されたものではなく、あくまでリラックスした状態で結果的にそうなったものとしての集団なのだ。
 私が思い出していたのは、『クレヨンしんちゃん』の「かすかべ防衛隊」や『おじゃる丸』の「月光町ちっちゃいものクラブ」だ。彼らはリラックスしている。言い方をかえれば、ゆるい。結束する拠り所として強いものがないにもかかわらず、ゆるゆるでもかろうじてバラバラにならないでいられるのは、リラックスしていることによる身体の自然な作用によってである。あまりいろいろ考えずに気になると思ったら他人の髪の毛だとしても引っ張ってみる、みたいな身体の無垢さが組織を組織として駆動させている。
 relaxのlaxには、「下痢の」とか「弛緩した」という意味があるらしい。そういえば、舞台上のよく見えるところに便器があって少し恥ずかしくなった。リラックスすること/下痢をすること/緩むことは恥ずかしい。「ででしまう」ところを普段私たちは他者に見せないからだ。それは排泄物だけではなくて、あらゆる身体の表情についてもそうである。思わず笑ってしまうこと、涙が流れること、あくび。もし私たちの身体がひとつの洞窟のようなものだとしたら、リラックスし緩むことは、その洞窟にあらゆる動物や風や光が入り込める隙間を生むような行為のように思える。
 しかしリラックスの難しいところは、洞窟に隙間をつくることが洞窟の外と繋がることのために行われないという点だ。つまりリラックスというのは、忙しかった10連勤の後で少し高めの入浴剤をご褒美として購入してお風呂に入るときのように、自分のために行われる。外に向けて、誰かのために、ではなくリラックスという行為は自分自身へ気持ちが向けられる内向的なものなのだ。にも関わらず、リラックスは結果として、洞窟に隙間をつくり他者との繋がりを生むのである。
それぞれのからだが不意に露呈する瞬間というのは、ある親密さを生み出す。「かすかべ防衛隊」にも「月光町ちっちゃいものクラブ」にも、あるいは老人たちにも共通するのは、可愛さや愛おしさである。かわいくて愛おしい存在。まるで真剣になって遊ぶ子供たちを見つめるように、認知症が進んで同じ話を繰り返すおばあちゃんの手を握るように、そんな感覚であの三人組が愛おしく思えた。人はもともと大変かわいい。そして、そのかわいさは身体のかわいさである。容姿が優れているという意味ではなくて、例えば、こちょこちょをされてくすぐったい、みたいな身体がもともと持っているどうしようもなさのことである。子供や老人だけではなく、あらゆる人が、ひとりひとり違ったかたちで身体をもっていて、その時点で大変かわいいのだ。その人の考えや意見や信条とは別のところで、身体は勝手にかわいい。 その身体のかわいさ愛おしさは、演劇の中で役やセリフと複雑に折り合っているのだと思う。もし身体の交換不可能などうしようもなさがかわいいのだとすれば、あらかじめ決まった動きや言葉を遂行することはそのかわいさと反対の方向を向いているように一見みえる。しかし、今日みたあの三人組はとてもかわいくて愛おしかったのだ。上演がおきるとき私がみているのは、予定されたスケジュールではなく、そのスケジュールの遂行の所作なのだと気がついた。スケジュールが現在を規定していくのではなく、スケジュールの実行において今起ったことがスケジュールに含まれていたように感じてしまう、その反転が身体の強さではないか。 『清潔でとても明るい場所を』は、よく掃除の行き届いた冷たくてクリーンなトイレをイメージさせるが、観劇後は、きっとその綺麗なトイレの便座はあたたかいのだろうという気になった。ひとりで個室で用を足しているときに人肌を思わせる温かさを便座に機能させてしまうのは、身体の中と外との繋がりが生まれるトイレという場所でリラックスして緩んだ身体を誰かと共有するためのシュミレーションのようなものなのかもしれない。

匿名希望



カゲヤマ気象台さま、
円盤に乗る派『清潔でとても明るい場所を』に関わった皆さまへ
書簡らしく、お手紙のような気持ちでこの文章を書いています。
まず、ギリギリの応募にも関わらず受け入れてくださりありがとうございました。終演後、直接お礼を言いたかったけれど、ここで話すことがなくなってしまうかなと思い、そのまま出てきてしまいました。お手紙でのお礼になってしまう無礼をお許しください。

僕は手紙が好きです。直接話すようでいて、どこか違う。普段のコミュニケーションより、よっぽどコトバなのに、コトバ以上の何かがそこにある感覚がある。だから好きです。
もしかしたら、もっとしっかりとした文章で、しっかりとした感想が求められているのかもしれないと、若干不安ですが、一人くらいこういう人がいてもいいと思うので、このまま書きます。

まずは、直接感じたことを、ちょっと話したいと思います。
『清潔でとても明るい場所を』には、コトバ以上というよりは、どこまでもコトバがあり、コトバとどう付き合うか、が明確に示されていたと僕は感じた。
それは特に舞台美術のコトバに感じたように思います。
映し出されるコトバには、文意ではなく、なにかデザインとして、文字通り美術としてのコトバがある気がした。ただ、そこには確かに作家性があり、なおかつ舞台上での出来事をかすめもする。舞台上の説明をする点では、一般的な舞台美術としての役割を担っていると言えるし、もっといえば、地の文のような、コトバの性質として、もっとも一般的な側面が出ていると言える。そのアンバランスさ。でもそれが良い。
「これは日本語が僕で書いた景色です」
僕がこの景色を目にした時、まずはじめに、
「これは僕が日本語で書いた景色です」
だと読んだ。この誤読は、どれだけ僕が日常でコトバに浸かっているかを、診断する、検査薬のようだと思ったんです。何かで、人は文章を、単語単位でなく、文単位で認識するというのを思い出しました。パッと少し見ただけで、自分にわかりやすい、意味の通りやすい文章として認識してしまったことに、ショックを受けました。この検査薬は、映し出されるコトバを注意深く認識しようとさせるのと同時に、発話されるコトバにも同じ効果をもたらしたように思います。演劇を鑑賞する時、発話されるコトバに対する僕の態度は、確かに繊細だ。そのいつもの繊細ささえも疑わせる力があの一文にあったと、僕は思う。あのコトバがどう生まれたのか、とても気になりました。どうだったのでしょうか。

身体についても、輪郭のはっきりしない、ぼやぼやとした身体が、ぼやぼやと声を出している。そのぼやけた身体は、缶詰めとか、便器とは、かけ離れているかと見えた。食べるとか、排泄をするという、‘生’の雰囲気が似合わないように見えた。後半の本当の死でさえも、味気なく、ただこなされるように感じた。こなす、は現代的だと思う。だけど、こなすことの中にしかない、空虚な切実さがあった。その切実さが、僕はすごく好きだった。そこに切実さを感じることができたのは、「これは日本語が僕で書いた景色です」に始まる、世界への態度があったからかもしれません。

現代的といえば、随所にあるコマーシャリズムにも、それがあった。やけに詳しい店名や商品名は、現実との地続きさと同時に、どこか広告っぽい。グーグル(?)の広告表示が映し出され、テレビからもCMを享受する。そして死ぬ。映画のモノマネなども、なんとなくメディアということを感じた。帰り道、やたらと看板や中吊りに目がいった。

この生活こそが、こなされる生が、生の香りのする行為(排泄、食事、睡眠等)から切り離された生活が、良い生活ですよ。ってことなのかもしれないなぁと思いました。最後に『清潔でとても明るい場所を』が3つある。この「を」に、広告を強く感じたのかもしれない。いや、むしろ弱い身体を認めるための「を」なんでしょうか。

ステイトメントへの感想文で、ヘレンケラーの「世界とダイレクトにつながる感覚」の話に触れました。そこについては、やっぱりまだわからなかった。身体が言葉よりも前に出る瞬間はたくさんあって、でも、僕は観ただけでは、言葉を排するのでなく、言葉の無い時間がある、ということを感じることができなかった。
言葉を休む、ことができませんでした。
けれど、もしかしたら、舞台上ではその瞬間があったのかもしれない。俳優にはその瞬間があったのかもしれない。そんな気がしています。どうだったのでしょうか。この言葉を休む瞬間が、作品を作る上で重要なことで無いのだとしたら、僕の見方は若干外れているのかもしれません。でもすごく気になったのです。

なんだか、手紙という体の乱文になってしまいました。
けれど整然とさせず、気のままに、相手と記憶のことを考えて素直に書けたら、言葉の向こう側の気持ちを伝えられるのではという希望を抱きたいんだと思います。

自分の中で、文字通り無言の時間は、増えていくけれど、その時間を素直に、受け入れるための何かを、本当に薄っすらとですが、感じることができました。だからこそ稽古場がどうだったのか、は気になります。

中々暑い日が続く中で書いていますが、これが読まれるときの空気はどんな感じでしょうか。どんな空気であろうと、肉体的にも精神的にも、健やかであることを祈っております。乱文失礼いたしました。
いつか、またお会いできることを、祈っております。

藤家矢麻刀



『清潔でとても明るい場所を』を見た。見たはずなのだが、何度振り返っても俳優の動きや言葉、そして舞台美術に至るまでの一切合切がおしなべて記憶に残っていない。果たして自分は本当にあの時あの場所にいたのだろうか、と疑いたくなるほどに。ただ、つるつるして掴みどころのない経験をしたという印象だけは脳裡に刻み込まれている。八月の暑い日の暑さに半ば窒息していたにしても、さすがに心神喪失には至っていなかった。思い出せないのはなぜかと考えると、記憶を手繰り寄せる手すりになってくれる何らかの特権的なシーンを持たないつくりの劇だったから、という一つの答えに行き着く。

 ドラスティックな急展開のことを劇的、ドラマチック、などとよく言うけれど、それを念頭に置くと『清潔でとても明るい場所を』はひょっとすると劇ではないかもしれない。それくらい劇的ではなかった。人が動いたり喋ったりして、音楽が流れバックスクリーンも遷移してと、これだけ要素を列挙すると常識的な演劇の範疇におさまる。しかし一方でこの作品が、ギリシアやフランスの古典的な劇作家が考えていたような、ストーリーの劇的な起伏によって観客の感情に訴えかけるという演劇の手段や目的から逸脱しているのも明らかだ。そもそも古典劇のディシプリンでは演劇はまず喜劇か悲劇かに分けられるが、『清潔でとても明るい場所を』はそのような分類を受け付けない。ついでに言えば神話や風刺劇、ロマンスといった既存の区分にあてはめることは困難だ。観劇体験によって観客を喜怒哀楽いずれかの感情に誘導する意図が本作には欠けている。更には、魂に幽体離脱されてしまったあとの抜け殻のように立ち振る舞う役者たち自身も感情を持っていなかった。少なくとも上演中の彼らはそのように見えた。

 この劇は一般的な劇作とは異なり、そもそも観客の感情にフォーカスした作りになっていないし、役者も感情を表さない。彼らと比べたら、映画『新感染』に出てくるアグレッシブなゾンビの方がまだしも生気にあふれていて動物らしく感じられる。役者は「SPARK JOY」(片付けの魔法のこんまりの、有名なキャッチフレーズ「ときめき」の英訳である)のTシャツを身にまとっていたが、舞台が始まってから終わるまで一度もときめいていなかった。

 感情の煽動を目的としていないという一点だけを取り上げてもこの作品は十分ユニークなのだが、真に前衛的なのは作品自体ではなくその先にある。この劇をポストモダン的に「非劇」などと名付けて殊更新しいものであるかのように喧伝するのではなく、むしろ既存の演劇概念をアップデートするチャンスとして捉えている(であろう)点が、円盤に乗る派の現代的な新しさに他ならない。

 この公演に際してのカゲヤマ気象台のステートメントには「いろんな言葉の様態を通じて、この身体にとって良いあり方を考えてみる」という決意表明めいた一節があった。舞台上でさまざまな言葉のあり方という変数を与えると、身体はどのように変わっていくのか。それを実験することが公演の趣旨である。このようにステートメントを解釈することができるだろう。確かに宣言通り、役者たちはさまざまな配置でさまざまな言葉を喋り、さまざまなバックスクリーンにさまざまな言葉が映されていた。それらのインプットによって役者であったり観客であったりの身体のあり方に変容を起こす実験が、我々が見て経験したものだった。

 しかし、このステートメントに別の可能性を見出すこともできる。我々は人間だけでなく、清潔で明るいトイレも「この身体」の一部であると信じてみることができた。何となれば、カゲヤマ気象台は身体について語っていたが、身体とは人間の身体である、とは一度も限定していなかったゆえ。「我々の言葉」、「我々の前提」、「我々の身体」。「我々」は人間以外の身体とも連帯できるのではないだろうか。変数を変えるだけでなく、方程式が変わることでも式の値は逐一変動を生じるであろう。

 言葉との間で別の関係を模索するのに、別の言葉を待つ必要はない。我々のいる環境が変わるごとに、連帯のあり方は移ろってしまう。我々が見ているもの、響いているセリフの余韻、それら一切の環境がわずかでも揺らぐたびに我々同士の関係は離合集散を繰り返すだろう。役者の背後に伸びる影やコンクリートが紡ぐ模様をどう見なすかといった、ものの捉え方の異同が逐一我々の関係を規定し直し、我々の間で、そして我々と言葉の間で新たな関係が紡がれていく。『清潔でとても明るい場所を』という助詞で途切れたタイトルからして我々に開かれており、その意味は「我々」の何たるかを反映して無尽蔵にたゆたう。解釈とは我々そのものである。「円盤に乗る」という内実の存在しない架空の志を共有する我々は、誰しもが連帯したりしなかったりできるし、あのトイレも円盤に乗りたがっているんじゃないかと妄想たくましく絆を育んでみることさえ叶う。



 我々のあり方が変わることによって言葉の響き方までもが変わってしまうという考え方は、相関主義と呼ばれる近年の哲学と著しい類似を見せている。相関主義とは、われわれの認識以前に物自体が独立して存在するというカント哲学を批判し、認識する主体と認識される客体が不可分な相互依存関係にあると考えて近代哲学を根本的に刷新するプロジェクトの名前である。2007年に発起したこのプロジェクトは、2016年に主唱者の一人カンタン・メイヤスーの主著『有限性の後で』が翻訳されて以来、日本でも大々的に受容されつつあると言ってよいだろう。『清潔でとても明るい場所を』の背景にある考え方は、最新の現代思想と驚くほどの一致を示している。

 それだけではない。舞台の細部から大局まで一貫して、実は「いま」に満ち溢れていた。たとえば地球がまるくプリントされた衣装、シンプルなのか複雑なのか判断留保せざるを得ないミニマムな劇構造、統合失調症を彷彿とさせる登場人物たち。換言すればエコロハ・ミニマリズム・メンヘラ、全て2019年現在のホットな話題だ。『清潔でとても明るい場所を』は一見ふわふわと宙吊りにされ、脱色された宇宙空間に誘われるかのような捉えどころのない作品という印象を受けるが、これ以上なく現在的な劇だった。

片倉直弥



失恋したら江ノ島の海へ行くつもりでいる。それは失恋→傷心→海での癒しっていうわかりやすいステレオタイプの展開を用意して気持ちをわかりやすく整理するひとつの逃避性向のあらわれなのもわかっている。おまけにフリッパーズ・ギターのアルバムにかこつけて「海に行くつもりじゃなかった」なんてあてつけをSNSで発信するつもりでいる。そういう裏返しの姿勢を先制して取っておくのは諦めている生活の中では居心地が良いのだ。江ノ島にしたのは見る海が東京湾の海じゃなんだか締まらない気がするしわりと近いから。相模湾へ遠出するくらいの冒険性は退屈な物語の中にもべつにあったっていいのだ。それに僕だって最初から諦めていたんじゃソフトに死んでるのと変わらないことくらい知らないわけじゃなかった。失恋したら江ノ島の海へ行くことにしていた。それは失恋→傷心→海での癒しっていうわかりやすいステレオタイプの展開を用意して気持ちを簡単な物語の中に希釈してうずめたいっていうようなひとつの逃避性向のあらわれなのもわかっていた。おまけにフリッパーズ・ギターのアルバムにかこつけて「海に行くつもりじゃなかった」なんてあてつけをSNSで発信するつもりでさえいたのだ。そういう裏返しの姿勢を先制して取っておくのは諦めている生活の中では居心地が良かったけれども、そういう風にとぐろを巻いて内に内にこもる心が愛から遠いところにあるのは気づいてなかった。江ノ島にしたのはわりと近いし見る海が東京湾の海じゃなんだか締まらない気がしたから。相模湾へ行くくらいの冒険性は退屈な物語の中にもべつにあったってよかった。そういうわけで僕が口説いていた女の子が僕に簡単な別れを告げてから、僕は直ちに江ノ島の海に行こうという想いを膨らませて、すぐに失恋を納得していた。これからも友達ではあり続けようという簡単な言葉を口にして簡単なおしゃべりをしながら簡単に駅を目指して歩き改札口で簡単な別れを告げた。それから男友達にラインを送って、じゃあ、さあ、江ノ島に行こうか、というわけで僕たちはもう新宿駅を出る17時の小田急線だった。集まりのいい友達。それで、始まるとすぐに終わってしまうのはどうしてだろうと思いながら揺られて行き、一度堪えきれずに代々木上原で降りてお手洗いへ入り、手を洗い、乗り、江ノ島に着くと、夜なので当たり前だけど暗くて黒くて思ってたのと違う輝いてない青くない海が簡単に現れた。その時初めてあぁ僕は海の広さが簡単に僕にカタルシスを及ぼして退屈も悲しみもいろいろ綺麗さっぱり別次元のことにしてくれるんじゃないかっていう期待を案外素直にしてたんだって、ようやく気がつく。水平線も夜の闇に柔らかく溶けてはっきり締まらない。日々がリズムに乗らない。夏らしくコンビニで買って花火を遊んで、悲しくすらない悲しい気持ちを紛らしてから、退屈なので、江ノ島の、森の茂って陸から離れた島の方へ歩こうということになった。思えば、島じゃない浜辺とかの陸地の部分は江ノ島って言っていいのかどうかその辺のことさえ僕はよくわかっていない。

けれど島への街灯に照らされた橋を歩いているうちに、夜の海の鈍重さが、軽薄な生活を送る僕の肩の上に確かなリアリティを持ってのしかかってくるのを感じていた。はたして島は暗かった。観光地なので、夜になって客の波の引いたこの島ではどの店もすでにシャッターを下ろしていた。島が死んでいたのがわかった。やっぱり退屈だったねということですぐに橋を引き返すことになって、海の重さの上をまた歩き出すと、退屈じゃ済まない失恋の重みが失恋という語を超えて、ようやく、僕にわかってくるのだった。それはけして簡単にできない、青年期の一つの事件でなくちゃいけなかった。僕はようやく初めて悲しかった。口説いていた女の子に急な電話をして、よせばいいのに、僕は、こんな退屈な海の物語のうちに抽象していた、彼女のことを詫びる。実りはなかった。

終電は逃そうということになって、友達とはしゃいで夜を超えていくうちに、もう心はそんな享楽的な気晴らしにはなくて、過ごされていく時間の一つ一つが、形をとって、引き返せない過去として、重たくなっていくのがわかった。

そんなふうに、僕は時が確かに流れ、訪れて、この夜が晴れやかに消えてゆくのを期待していたけれども、夜明けの江ノ島の海は意外と朝陽を受けても輝かない、パステルカラーの青で、でもそんな予想外がこんどは心地が良い。疲れた体を小田急に乗せて帰る。

だけれどこの話には続きがあり、数日後友達から、僕が口説いていた女の子が、僕が返事を待っていた間に、クラブで出会った男と寝ていたらしいということを聞いた。それで、あんまり言いたくないけど、やっぱり、ちぇっ、くだらないなと思う。江ノ島の海の誠実な反省成長物語も、結局ひとりよがりの簡単なものに終わってしまったらしい。

だからこの話も、簡単さを越え出ることさえもがそういう簡単な図式みたいなものに堕してしまったあとでは、大小の嘘を混ぜ込んで極端に簡単なものになればいいと思って書いた。案外そこに希釈されない僕のどうしようもない重みが残ったりするから。

匿名希望



【言語化のはじまり】

ここへは、すべりこみでした。汗だくになり、東京メトロ日比谷線の上野駅から北千住駅まで、そこから走って、線路沿い、BUoYに着いて、最後にここに来たのはあのときだった、と思い出しながら、今思い出す(すべりこむときではなく。すべりこみのときは必死だったので)。



内容。とは。しかし指の動くまま脳を能を辿る。このやり方、範宙遊泳が桜美林大学内(私の母校)で公演してた頃にやらせていただいた以来かも、当時、山本さん面白がってくれた記憶あり。上演中にメモるのは鉛筆滑らす音を極力静かに仕草を小さく…。思考の運動神経どこまで疲労おま疲れてる。

文にしない、伝えない。



(↓やや順不同、メモ用紙の二次元空間に広がっちまったな…↓)

早速、不可解(でもない)、光のテク(キ?)スト、キヨス氏in便座デュシャン?こねくりまわす!急に性、参ってくる。

いBaby?かれた。ダッシュ(メモリ過剰のため)。ことし10歳?毎日サバ缶入ってくるプログレ。染み入るなぜか。

上演は餌、私も上演の餌、松屋、アフリカ、「ちょっとよくわかんない!」くるしい、枠線モノトーン。サヘラン、チャデシス。急にフィジカル。本物の死体。正しくま・ちがう。

ジョジョくさい服。バキ&ジョジョのくだりはあれだ、トラムプ大統領とつながるだろ(刃牙道?参照)。

えろハァァァ!海。浮輪?SPARK JOY(衣裳のTシャツの文字)。あのストレンジシードでイラスト描かれてた(尊敬)Twitterのあの絵の3人のシーンだわーい!

Another Direction。どの順で→風。おわりっぽいおわり。

スリガラス。私の筆の動き。久石summer。祝祭ぎらいの私は。一日秒で前に戻る。ひとつのわとしてとじる。新潮。

キヨス氏の顔、こわくて目の光、風速の話のとき。

なめるように…。はんぱな死体。なんで私は笑われなくてはならない?太陽が塩でとける。

雨、テンション。はぁ?気象台→しつど。自信。

生活と表現はいれて→境クソ静岡。“静岡で助けて”。ク・ナウカと静岡のぽい暗闇。とつぜんのかかわり。

印刷所アニマ。



終演後に物販にて「メンヘラ批評 Vol.1」を買った。Twitterでよく見る方々が寄稿してて気になってた。出演者の誰かがその編集者とは当パンで見た気がするが、日和下駄さんがそうだとは知らずも初めに話しかけ、結局たまたま当人でなんかよかった。なんか出演者(関係者)ならどなたでもありがとうって言ってくれそな予感が勝手にしてたのだな、そんな雰囲気をこの人たちは具体的な上演時間以外でも醸し出してると感じたんだ、うん。この実感よ。



終演後にだらだらと残りたく、「どなたかお待ちですか?」訪ねられ、でも特に。盗み聞きではない、の。雰囲気を。そして急ぐ:飛び乗る:汗。すべりこむ、いつでも。ゆら帝ではない。ひゅう↑!



熱海発静岡行。今は逆方向に乗ってる。もう台風10号影響雲を追い越して。電車さん発明。シン・ゴジラでも無人在来線爆弾…泣く…。大船駅から仲間が併走するさ!東日本の仲間が。JRの。N'EX(成田エクスプレス)も車窓からみえるね。速いんだな東海道線つないでバトン会社またいで。おまえ、いつからそこに。



なんかこう、改めてメモを活字に起こし(きれないが)てみてから、笠井氏のテクストも読んでみる。文の体裁。手がかりがないからさ。戯曲販売してたか記憶にうすれし。

笠井氏のテクスト、グーグルっぽいのがとても。今も眺めて目を引くよ。攻めを待つテクストとその発信体。中動態?の読まなな…。



倒れるまで書いて…消して…手つき…脳つき…からだつき…。

(全力をかけすぎて?ずれている例、を書くのかという自意識)

「強靭に考える」って言葉をどう選んで運ぶことなの?

考え尽くして寝てから朝まだきまた消す。

画面に助けられて浮かんでくる言葉、連動。

私の実態は何?感覚?記憶?詩?



自信があるからこそ書けるなら。



私にとって、「清潔で〜」を観劇した経験の濃度は。

自分が空っぽになるほどアウトプットができるものを引き出してくれる何かとの出会い。それがこの書簡チケット制度なのかは不明がつながっていく。

ここにきて今、15年前からずっとの“respect for 吉村秀樹の言葉選びづくり”。



私のすむまちはきたないまち。きたないことは連続してそこにある。それらは自身のきたなさを隠そうともせずアピールを続ける。

精神を外れた言葉たち。意味の物質。そこに並んでいる。

いろんな人に諦められて、それでも私は生きている。

人生は常に“HOW TO GO”(くるり)だと思ってたけど違うようだ。

私にとっての真実がどんどん深まっていく。気分が悪くなるまでそれは続く。気分が悪くなっても私はそれをやめられない。



すぐこのあとすぐこの画面割れますよ。

(この紙破れますよすぐこのあとすぐ)



私は属さない。属せない。属せないスピードで身体が考えが変わっていくから。属しているという納得がいつまでもできない。



わけのわからん物質が飛び交い混じり合う我が部屋。



私の発信は、常に誰かとの(あらゆる)経験の暴露になっている、と思われても仕方がない。そこで必要なのは第3案。いろんな倫理概念を混ぜた上で立ち上がる道。それはすぐ消えるかも。でもまたそこで第3案を。



私をやさしく撫でてくれるような考えもそうでない考えも。



私を殺しに来る人の眼を見つめる、互いの瞳の奥にうつる自分自身の姿を見つけられるまでな。ちぇっ。



かいてもかいてもずっとさびしい、かくからさみしくなるのか。



【言語化の終わり?】



今までをすべて搭載した自分が外と反応していく。

2019.08.10〜2019.08.31(1986.09.18〜∞TOTAL)((-0000.00.00〜0000.00.00))

渡辺六三志(脱・人間宣言)



「疲れるのは悪いことです」というセリフがずっと頭を廻っている。この言葉に共感するわけでもなく、反論したいわけでもない。ただそうだよなあという感じで頭の中に浮遊している。この一文が頭に残ってしまうのは、それもそのはず、私が疲れているからだ。いつだって疲れている。油断すると口からつい、「疲れた」という言葉が漏れてしまうぐらい。私はまだ22歳で、そんなに年はいっていないはずなのに、なぜだかすぐに疲れてしまうのだ。口には出さないだけで、基本的に私の頭の中はいつも「疲れた」という言葉が回っていて、そこに「疲れるのは悪いことです」なんて言葉が投入されてしまった。私が「疲れた」と思うごとに「疲れるのは悪いことです」なんて突っ込みが入るようになってしまったのだ。だが、これが不思議と嫌な気はしない。「疲れるのは悪いことです」という突っ込みがなんだか心地よくて、この言葉を頭の中から出してしまいたいなんてとても思わないのだ。
ロボットが言いそうな言葉だと思った。頭の中でこの言葉が再生されるとき、その声は無機質だ。だってこんな言葉、普通言わない。「自分がやられて嫌のことを他の人にするのは悪いことです」とか「ハトにエサをやるのは悪いことです」とかは聞いたことあるかもしれないが、「疲れるのは悪いことです」は、ない。たしかに疲れるのは少なくとも良いことではないから間違ってはいないのだが、違和感のある文だ。疲れるものは疲れる。それはもうどうしようもないことで、わざわざそれを悪いことだと指摘したって仕方がない。それをみんなちゃんとわかっているのだろう。人間ならば。
ここで少し愚痴をこぼさせてもらいたい。サラーっと読んでしまってほしい。生きるのつらいとか言いたくないけど生きるのつらい。未来に希望を持てなくて苦しい。だからって偽りの希望はもっと嫌だ。なんで自分は自分なんだろう。世の中は絶望にあふれているが、自分はこの世界程度の人間なんだろうと思ったりする。でもほんとは嘆いてばかりいたくない。嘆けば嘆くほど、嘆いている自分がしょうもなく思えてきて、結局また嘆く。ああ、私が胸の内をそのまま吐き出した文章は、こんなありきたりなものになってしまうのだ。
とても清潔な水回りが世界なら、いいなと思う。ちょっと冷たくて、汚くなくて、生活感のある場所。私の嘆きに応えて欲しいのは嘆きではなくて、希望でもなくて、このようなものなのかもしれない。そして「疲れるのは悪いことです」という言葉は、まさにそのようなものだった。「疲れる」という活動している以上免れられないことを、「悪いことです」と否定しているこの一文は、疲れている私自身を否定はしない。疲れるのはとても自然なことで、がんばったから疲れるわけで。だからつまりこの一文が否定しているのは私ではなくて私の置かれている、私を疲弊させるこの状況なのだ。この言葉はささやかに、今いる場所が必ずしも完全な場所ではないと、別の場所、別の生き方があるかもしれないよと言ってくれている気がしするのだ。応援は普通肯定するものだが、これは肯定しない応援だ。私じゃない人からの、冷静でひんやりとした応援だ。私の心にちょっと余裕を持たせてくれる。
実は私はふじのくにせかい演劇祭のストレンジシードで「清潔でとても明るい場所に向けて」を観ることができた。あのとき三人の会話は成り立ってはいなかったはずだ。三人は向き合っていながらそれぞれ別のことを話し、最後にはそれぞれ舞いながら散っていった、ように思う。記憶が曖昧だが。それが今回三人は確実に交流をしていた。大した意味もない会話をきちんと丁寧に紡いでいた。私は驚いた。会話というものはこうやって生まれるのかなと思った。私はいつのまにか言葉を発するようになって、その過程を知ることなく会話をしてきたわけだが、それが少しおかしなことな気がした。
この公演を観た後も、私のいる場所が変わることはなく、言葉じゃうまく伝えられないなーとか自分に絶望しながら生きていく。私とカゲヤマ気象台さんとの間には大きな距離があって、カゲヤマさんのことも出演者の皆さんのこともよくは知らなくて、皆さんも私のことを全く知らない。ここで書いたことはすごく的外れだったかもしれないし、私は数ある観客の中の一人でしかない。ただ言えるのは、私はこの演劇に出会えて良かったということだ。絶賛しすぎだろうか。もう少し批判とかするべきだったのだろうか。でも本当にそう思うのだ。無理してできているふりしたり、うまく表情つくったりするのはもううんざりだ。そうじゃない空間がこの演劇にはあると思った。「疲れるのは悪いことです」という一文について書いてしまったが、もちろんこの一文だけではなかった。もっともっと正体不明の感覚があった。私は何かに心動かされていた。
現代社会で日々私が感じている諦めとか閉塞感とか未来の見えなさを受け止めてくれる演劇に出会えると嬉しくなってしまう。演劇はここから始まればいいんだ。そんな演劇は悪くない。たとえば「疲れるのは悪いことです」と言ってくれるような、自分の世界に一つ穴をあけてくれるような。そういう隙間風を通してくれる存在があるなら、まだ世界に可能性はあるのかもしれない。

ポテト



第1パートの場面は戯曲を確認しても指定されておらず、まして観客は途方にくれるほかない。S.t.のはじめのセリフ、「今年で10歳になる僕が10歳のとき、そうあれは10年前」から彼が0歳、10歳、20歳である3つの時間、そしてS.t.を演じた俳優の見た目は20よりかはまあまあ上そうでたぶん30手前くらいだから、3+1=4つの不確定な時間がうごき始める。長い独り言が可能で、漫画の話題をしていて、0歳から30手前までいてもおかしくない空間で、背後には三輪車がある、と処理してゆくと、やがてこの少し埃のにおいのするBuoyの空間はこども部屋だろう、とあたりをつけて観ることになった。社会的なものの追い立てや要請もほとんどない悠々とした過ごし方をするこの劇の大枠にこども部屋が重なって見えている。
それは地球の下に亀、蛇、象を配置したTシャツといい、話の中に出てくる世界観や唐突なあいみょんの引用だったり、けして滑らかに関連できたり総合できたりはしない、もはや雑コラといっていいほどの異質さの併置が、かろうじてこども部屋のような論理よりイメージが優先される空間ならば馴染んだという認識の苦肉の策だ。アダルトチルドレンというと社会問題のようだから、こどもの夢から覚めない大人、例えば『一方通行路』で削除された「月」の章のようで、ほんのりとグロテスクな調子が、戯曲のぎこちないモノローグとダイアローグの乗り換えや俳優の遅く震える声と身体操作にゆったりと共通だった。いかれたBABYはおそらくいかれているBABYなのだろう。『正気を保つために』のときに比べて歌があまりに音程通りで、むしろ不安になってしまった。
異なる原人の学名を名乗る彼らの集まりは、たぶん生産的ではない。まして、再生産からは遠いところにありそうだ。仮に合理的な再生産のための人の集まりを社会として、そこに合わなかった人らを共同体とよぶ時、彼らは後者だ。わたしの生きているこの世界では、役に立たなければ社会に属せず、人ではない。無能なものは人に似ている。この少しだけ、けれど決定的に人間ではないあり方が原人の名前に託されている。地球平面論者、死者、前科持ちの彼らの会話はもちろん由緒や目的を持たず行き当たりばったりで、全然上手くいっておらず、ありふれたものだ。あんなに長いモノローグができるくらい自他の境界が曖昧でもやりすごせる集まりだ。この3人はそれぞれひとりでいてもいい。コメダ珈琲の空間は居心地がいい。落ち着くための空間は複数でいてもその目的ゆえ、ひとりの空間だ。
最後の「トイレの中」という言葉の並びで2つのものが思い浮かんだ。トイレの部屋の中と便器の中の2つ。まずはひとりで無防備な姿勢でいれて、だれとも関わらなくて済む空間。このリラックスして身動きをとれない姿勢は、P.e.の死体の説明とZ.b.のサウナのシーンと似ている。3つに共通するのは有り体に言って身体の境界侵犯といえそうだ。排泄と発汗と腐食の渦中でそれぞれの深刻度は違えど体の境界はぐだぐだになる。たとえば二人ならこのテーマはセックスや殺人で大量に桁違いに再演されてきた。しかしひとりでの境界侵犯は成果を成さず、ほとんど他者がいない。あくまで享楽する身体であって誰かのために毒にも薬にもならない。
2つ目、便器の中はいうまでもなく、あぶれたものたちを排泄物に例えたものだ。無能なもの、エコノミーから外れた剰余であり、廃物。システムは手を汚すことなく清潔に処理を続けていられるだろう。
こども部屋、トイレ、サウナ、地下、コメダ珈琲、自らのためのこれらの空間を経て、路上であっけなく一人が死ぬ。社会はあぶれたものをスマートに消してゆくし、あぶれたものはあまりに弱い。赤信号を無視して変な歩き方を享楽するものが車に轢かれる展開は予想できる日常の延長で全く劇的ではない。たんなる無能さの露呈だ。共同体はあくまで自閉的で限定的な範囲でのみ安らかでいられた。
死んだP.e.が喋り始め、S.t.は「俺たちの人生はきれいなトイレの中と、海で遊んでいることとの間に、全部詰まっているな」という。演劇のキャラの虚構性を逆手に取った後、少しメタなことを言う。この際に強調される「ごっこ感」は、やはり10歳を、こども部屋を思わせる。共同体を押しのける社会をふざけて包み込む享楽の姿には、個人的には物悲しく思った。
生と死や自己と他者、大人とこどもといった対立からではこの劇は腑分けできないかもしれない。それらはわたしの生でのっぺりとつながっている。起きあぐねている「目のしっかり覚めた死体」は、少なくともわたしを含めた者にとってのリアルだ。もしこれが大江の(頃の)世界なら自己幽閉者たる「僕」は行為することでどうにかするだろう。でもできない。終わらない日常なのか静かな戦時下なのか、戦後最長の好景気なのか、それぞれがそれぞれにマジでそれを主張しているが、聞いてくれないし、聞く気もない。相対主義が絶対的になり、共通のものが存立しないから、刃牙とジョジョの勝敗は決定しない。社会だけが機能していて、人間はいなくなってしまい、子は撃たれないまま身体だけ大きくなり、だんだんソファーに沈んでゆくだけだ。
「我らの時代の最良の精神というものがあるとすれば、それは希望もないまま、忍耐強く、したたかに、楽しんでいるだろう。」というZ.b.のセリフが、充実感も連帯感も危機感もないいまの自閉的、享楽的な精神の在りようを正確に表しているように思う。

匿名希望